「酔うためにお酒を飲むって、俺はなんか違うと思うんだよね」
いつだかの夕食中、夫が何気なくそう呟いたことがあった。
彼は、とにかくビールが好きだ。ただ、たくさん飲める体質というわけではないらしく、量はほどほど。それに、基本的に飲むのも次の日が休みのときだけだ。週末、いわゆる華金の夜は、いつもウキウキとした様子でビールの缶を開けている。

好きだから飲む。美味しいから飲む。それがお酒に対する夫のスタンスだった。
今は、私もそうだ。ビールは独特の苦味が苦手だから進んでは飲まないけれど、ワインやサワーなら飲める。「乾杯」と言い合いながら、缶やグラスを楽しく突き合わせることができる。

ただ、冒頭の夫の一言は、昔の私を率直に指摘する言葉でもあった。

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時期にすると、大体4〜5年くらい前だろうか。
独身だった当時の私は、ストレスをどうにかやり過ごす目的でお酒を飲んでいた。
気軽に人を頼ったり、相談したりすることがどうしても上手くできない。

自分でどうにかしなければいけない、そもそも誰も悪くない、誰のせいでもない、きっと自分に非があるのだ……と、そんなことばかり考え、意識は内側に塞がっていく一方だった。

その結果、溜まったストレスの行き場がなくなってしまった。
何をどうしたらいいのかもわからなくなり、もはや何も考えたくなくて、選んだのは強制的に思考を止める方法だった。酷く酔うまで飲んで、揺れる頭のまま眠りにつく日々が続いた。それでも朝は変わらずやって来て、新しく始まる1日を呪いたくなった。

あまり良いことではない、と頭ではわかってはいながらも、アルコールで頭をおかしくさせるのは最も手っ取り早い手段だった。「誰か止めて」と心の中では思いながらも、結局誰にも言うことができず、お酒の力を悪用するしかなかった。

あれから時が経った今は、ストレス発散のためにお酒を飲むことはもうしていない。
ただ、時折家の中でひとりで居ると、ふいに闇の淵に落ちてしまいそうになることもある。

結婚後、1度だけワインで悪酔いしてしまった。夫はその日家を空けていて、帰宅後、ベッドに身を放り投げていた泥酔状態の私を見てとても驚いていた。
「バカ、何やってんの」と介抱されながら叱られた。頭の中はすっかり酩酊しきっていたけれど、それでもはっと我に返った。「ああ、もうこんな飲み方は今度こそやめよう」と冷静に自戒することができた。
ひとりじゃなかったから、きっとそう思えた。夫の存在に、私は改めて感謝した。

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泣き上戸や笑い上戸など、お酒を飲むといつもと様子が変わる人は少なくないだろう。
私は、どうやら陽気なおしゃべり人間になって、さらには食欲が旺盛になるらしい。程よくアルコールが入ると、とても愉快な気持ちになれる。
お酒を飲みながら他愛のない話をして笑い合う、そんな時間が大好きだ。

飲み方ひとつで、心や体の在り方を大きく変えてしまうお酒。
もう2度とあの頃に戻らないよう、お酒との距離感だけはくれぐれも間違えないようにしたいものだ。