付き合ってた彼は、たまにデートの時、昼間からでも白ワインを飲む人だった。どこかフレンチやイタリアンのお店に入って、セットドリンクを注文する時、私が毎回「アイスティーで」というと、目の前に座る彼は毎回「いいね」といいながら、「僕はグラスワイン、白一つ」とメニューを店員に渡す人だった。

はじめて付き合った彼で、向こうも私もシャイな性格だったのもあり、二人の距離を縮めるのになかなか時間がかかった。デートを数回しても、手を繋いだり二人の関係性の話には進展しない、それどころかずっとお互いの仕事の話をしていた。「ごめん…、本当は疲れているだろうに…」と思いながらも、やはり私は異業種の彼の仕事の話をきくのが毎回楽しみで、その時はポーカーフェイスの彼の顔もゆるむので、それが嬉しいのもあって、お互い仕事の話ばかりだった。デートの行き先は、いつも六本木の美術館や池袋の本屋などが定番で、鑑賞してはこれからの社会や日本の未来について感想を言い合っていた。クリスマスに彼の家に行くまでは、そんな仕事だったり社会動向について考えを交わす、視野の広まる楽しい真面目なデートを繰り返していた。

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そんなこんなで初めて、その年のクリスマスに彼の家を訪れることになった。彼が新居に引っ越す際は、私も家具選びなど手伝っていたので、なんとなく自宅のイメージは湧いていたが、いざ行ってみると、彼の趣味や生活がよりわかったようなそんな新鮮な気持ちになった。石鹸や観葉植物へのこだわり、カーテンや冷蔵庫などシンプルでシックな色合いで創りあげられた空間だと思った。彼は洋服は何年も同じものを着用するタイプだったので、そこまで頓着ないのかと思っていたが、部屋に来ると、配色や香りのブランドなど細部までセンスを研ぎ澄ませて完成させた家なのだと彼の繊細なこだわりがわかった。

一緒に料理を作ろうと冷蔵庫をあけると、そこには封のあいたワインボトルが数本入っていた。普段の食事はうどんやパスタなど時短でできるものばかりらしいが、酒類に関してはやはり嗜好があるようだ。お酒には、「タイパ」で片付けられない特別な何かがあるのだなとこの時思った。まったく飲めない私にとって、お酒を飲むという行為や時間がどういうものなのかは想像さえもできなかったが…。

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「なんでビールじゃなくて、ワインを飲むの?」ときくと、「ビールは炭酸と味が少し苦手だから」と料理中の彼から返ってきた。
彼は、昼間のデートでも白ワインを注文するが、グラス一杯飲んだところで一切顔色を変えない通常モードの人間だ。いつしか「それじゃあ葡萄ジュース飲んでるのと変わらないじゃん」と私が冗談をいうも、「おっしゃるとおり」と相変わらず真顔で真面目に返してくる、そんな人間だった。

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私が初めて彼の家にいったクリスマスのお夕飯は、彼も私にあわせて久々にアイスティーを飲んでいた。当時の私は飲み物の使い分けやTPOがよくわからない幼い人間だったが、それを機に、会う度お土産は必ず地産の小さいワインボトルを持っていくことにした。

遠距離恋愛だったので、彼と会う約束の前、私は地元で何種類かワインボトルを見比べ彼の好みそうなのを毎回選別した。
当時の私は、東京でデートの帰り際に彼にそれを渡す瞬間よりも、彼のことを思い浮かべ、ここで次に渡すワインをゆっくり選んでる時間の方がなんとなく幸せだった。次回も、またその次回も、彼はまたワインを注文するんだろうなと頭に浮かんでいた。