大学生の時にめちゃくちゃお世話になった人がいる。
1年生の時にフランス語で1年間。
3年生の時にゼミで1年間。
計2年間、大学生活の半分の時間をご指導いただいた、フランス人のおばあさま教授。

◎          ◎

さすがはフランス人!と会うたびに拍手を送りたくなるほど、とにかくいつ何時もおしゃれな人だった。ふわふわしたショートの金髪、瞳の色に合わせたブルーのアイシャドウ。多色使いのワンピースに大ぶりのネックレス。そして何より、学問に対する飽くなき好奇心が、まるで魔法の粉か何かふりかかっているかのように、彼女をいつもきらきら輝かせていた。
何となく予想はしていたけれど、日本人の先生より厳しい人だった。テストの難易度は他の先生たちのそれとは桁違いだったし、普段の授業もある程度の予習復習が必須。でも、いやだからこそ、彼女の授業はとんでもなく面白かった。
一人1時間、原稿を一切見ないでプレゼンするゼミ課題。準備はかなり大変だったけれど、本番はものすごく楽しかった。
真っ白な紙を1枚ぺらりと渡されて、「パリの街にいるつもりで、どう過ごすか自由に書いてね。あ、もちろん全部フランス語で」と微笑まれた抜き打ちテスト。なけなしの知識で必死で空白を埋めて、でも、終わった時の達成感は、他の教科のテストとは比べ物にならなかった。
「この人の授業は、きちんと自分の血になり肉になっている実感がある」。そう思える授業だったのだ。

◎          ◎

彼女は私と同年代の若者だった頃に、留学で日本にやってきた。電子辞書なんて勿論ない時代だった。毎日重たい紙の辞書を持ち運びして勉強に励んだという。
努力の甲斐あって、日本の大学で教授になり、日本人と結婚して子どもも生まれた。おばあさんと呼ばれてもおかしくないような年齢になっても「まだまだやりたいことがある」と言い、仕事から、研究から手を引かない。
私は彼女を見て思った。
いくつになっても好きなこと、やりたいことがあって、目をきらきらさせて生きている人って、めっちゃかっこいいな。
そう感じた瞬間から、彼女は私のロールモデルになった。と言っても別に私は、彼女みたく好きなことを仕事にしたいわけではない。むしろ、好きなことは好きなことで分けておきたいタイプだ。
私が彼女の見習いたいところは、年齢を重ねても学ぶ姿勢を失わないところなのだ。

私が大学3年生に進級してすぐ、彼女がその年度いっぱいで退職することが決まった。私は彼女に卒論の指導までお願いしたかったから、その知らせを聞いた時には正直ものすごく落ち込んだ。
でも、「研究そのものはまだまだ続けますよ」「やりたいこと、沢山ありますから」と笑う彼女を見て、「良かった、この人はこの人のままなんだ」と、何だかほっとした。
その最後の1年間、私は彼女のゼミでしっかり勉強させてもらった。そして年度が切り替わるタイミングで、彼女は大学を退職していった。

◎          ◎

出会ってから4年が経ち、私は大学を出て社会人になった。週に5日フルタイムで働いているものの、通勤・退勤時間、職場での昼休みを活用して、読みたい本を読み、取りたい資格の勉強をしている。今日もどこかで、やりたいことを思い切り楽しんでいるであろう、私のロールモデルに思いを馳せながら。
次に会うのがいつになるかなんて分からないし、そもそも会えるかどうかも不確かだ。でもいつか再会することがあるのなら、その時は彼女に1ミリでも近づいていれれば嬉しいなと思う。