大学に入って、のらりくらりとアルコールを飲む場でも断り続け、そうして迎えた20歳の誕生日。
当時、私は今よりも私のことが好きではなかったけれど、楽しいことは好きだったからとびきり楽しい日にしようと数カ月前から企画していたのだ。
バイトも始めて、ほんの少しだけれど口座に貯金もあった。
だから湯葉を、大好きな湯葉を食べに料亭に一人で行くことにした。
◎ ◎
お酒はてっぺんを過ぎてすぐにコンビニに駆け込み有名なかわいいパッケージのチューハイと缶のスパークリングワインを購入し、お気に入りのローテーブルに並べて飲んだ。
正直、あんまり美味しくない。
酔うという感覚もなかったし、特にスパークリングワインはアルコールの苦味が口に残ってしんどい。
もっとちゃんと選べば美味しいのもあったのだと今なら知っているけれど、当時の私はお酒はもういいのかなって思ってしまった。
成人したのに、アルコールの味はあんまりにも苦くて期待外れだったと落ち込んだ。
夕方になって、授業を受け終えた私は路面電車に乗り込んだ。
桶にぐつぐつと出来上がっていく湯葉を想像しながら、街へと揺られた。
◎ ◎
料亭に行ったのは今でもあの一回だけなのだけれど、私はメニューを前に悩んでいた。
私が当時住んでいた高知県は日本酒が美味しい、先に大人になった人からそう聞いていた。
よく知らなかったけれど高知の地酒が沢山並んでいて、十数時間前にアルコールで苦い思いをしたのも忘れて真剣に悩んでいた。
知人との話題作りとして、と言い聞かせオススメと書いてあったものを頼む。
それは美丈夫をポンカンと割ったものだった。
あのサワーを思い浮かべて一口、あれ、全然違う。
アルコールの嫌な香りがあまりしないし、苦味も柑橘類の苦味に紛れて気にならない。
湯葉のために来たのに、湯葉が出来るまでに随分進んでしまった。
どれぐらい飲めるかも知らないし、これだけで……と思っていたのに次を考えていた。
この先、魚も来るらしい。
それなら通ぶって日本酒そのものにチャレンジしてみよう。
個室には私しかいない。
ストーリーズには載せてしまうけれど、きっとグラスの中身が何かだなんて誰もそこまで見てないもの。
この素晴らしい食卓は私だけのものなのだ。
◎ ◎
あれは確か、大吟醸だったと思う。
だったと思う、というほどに記憶は薄れてしまっているけれど、美丈夫は私にとって今でも一番のお酒なのだ。
スッキリした味でありながら、とても上品。
湯葉にも、魚にも、出てくる上質な料理のすべてに合う。
楽しみだった湯葉を、もっと美味しくする。
滑らかな豆の味とアルコールで脳がしびれた。
それから私は高知にいるうちにと日本酒をよく飲むようになった。
父とも帰省したときに一緒に飲む楽しみが出来た。
職場や趣味でも、日本酒が好きな友達が出来た。
お酒は飲まなくても、飲めなくても楽しく生きていける。
ソバーキュリアスという生き方だって選ぼうと思えば選べるけれど、私は美味しいお酒を健康に気を付けつつ今後も飲むつもりだ。