「危ない!」「やめときなさい!」
過保護な母は、私が幼い頃からそのように口酸っぱく言っていた。
何故だろうか?
不思議と「危ない!」「やめときなさい!」という母の声が脳裏に響きそうなことほど、興味を持って足を踏み入れてしまう。
母が激怒したり忌み嫌うような行動をとった場合、私は母の目を欺くために嘘をでっち上げてきた。
そんな一種の才能をお守り代わりにしていた私は、真夜中の歌舞伎町で好奇心から痛い目を見るなんて思いもしていなかった。

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大学時代、学科もバイト先も同じで、四六時中一緒に居た美人な友人・サイカ。
福岡の田舎育ちで顔面偏差値は「中の下」の私に対して、東京の一等地・白金で生まれ育ち、美人でスタイル抜群な彼女。
なにもかも真反対な私たち。
「美人を連れて歩く自分」に酔いたい私と、人見知りで友人付き合いが長く続かないサイカが仲良くなるのは必然だったのかもしれない。

そんなサイカは、彼氏いない歴イコール年齢だった。
人見知りする彼女は酔っぱらうと「彼氏ほしい!男友達が欲しい!」と嘆いていた。
当時から「サイカが言うなら」とあらゆる飲み会という名の合コンを快くセッティングしてきた。

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大学卒業後、サイカは就職し丸の内OLになった。
職場の商社マンとでも知り合ってるのではないかと思っていたが、人見知りから男性社員と話せないとのことだった。

社会人になってからとある1月、私とサイカが好きなロックバンドのギタリストが、新宿にある芸能の神様がまつられている花園神社に初詣に行ったと、インスタグラムの投稿をしていた。
オタク気質な私たちは「聖地巡礼だ!行こう!」と久しぶりに会うことになった。
サイカの仕事終わりに花園神社で待ち合わせ、聖地巡礼を済ませ、おみくじを引いてツーショットを撮り、夜ご飯を食べに新宿駅の方面へ戻った。
軽くお酒も嗜み、私はほろ酔い。サイカは酒に弱いくせに赤ワインボトルを1本飲み干したので、ベロベロに酔っぱらっていた。

夜遅くに出歩くのは久しぶりだったので、終電までには帰宅したい私 v.s. どうしてもオールしたいサイカ。
新宿駅の東口で「帰る!」「ヤダ!リサ、オールしようよ!」とフザけて小競り合いする私たちの前に、身長180センチほどある、スリーピーススーツに身を包んだイケメン2人組が現れた。

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彼らの名前はすっかり忘れてしまったので、激似だったタレントさんの名前を拝借して、仮に「阿須加くん」と「ハリーくん」としておこう。
この仮の名で彼らがどれだけ高身長イケメンだったか想像つくだろう。

阿須加くんはいきなりサイカに加担して「ねぇ!リサちゃんとオールしたいよね!」と会話に乱入してきたのだ。
いくら人見知りしない私でも、高身長イケメンが会話に乱入してくるなんて、呆気に取られていた。
今思えば、ごく普通の男性が会話に乱入してきたのなら、タイプじゃない限り相手にしなかっただろう。
しかしそこで困った表情を浮かべるハリーくんがチラッと視界に入ったので、阿須加くんの要領で巻き込んだ。
「ねぇ!終電で帰りたいですよね!」と言うと、ハリーくんは激しく頷いていた。

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小競り合いの途中にサイカが我に返ったのか、私の耳元で小声でこう言った。
「リサ!ヤバくない?なんでイケメンたちが喋りかけて来てんの?」
「サイカが美人だから声掛けてきたに決まってんじゃん!」と伝え、冷静を装いながら笑った。

するとサイカはチャンスだと思ったのか、「この人たちと飲み行きたい!」と言い始めた。
ありがたくも過保護な母の目を欺くため、嘘をでっち上げることが得意な私は「危なくなったら私が助けるから」と言い、阿須加くんとハリーくんと4人で飲むことになった。

なぜか歌舞伎町に歩みを進める私たち4人。それでも、「美男美女を連れて闊歩する歌舞伎町」なんてレアすぎると、なんだか楽しんでいる自分がいた。
しかし、まさかの阿須加くんチョイスの行きつけの飲み屋はチェーン店の居酒屋。
正直そこで「ナンセンス」と思い、冷めた私。
そんな私を尻目に、阿須加くんとハリーくんから「どこで働いてるの?」「どこに住んでるの?1人暮らし?」と質問攻めを喰らうサイカは、人見知りを発揮してモジモジしていた。
「あぁ。いつもの合コンと一緒の流れだ」と思い、なんとかサイカが返答しやすいように回答を促す私。
なんだかバラエティー番組の司会者の気分で私は疲労困憊。

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1時間ちょっと話し終わった頃だろうか、阿須加くんが「ねぇ!次はビリヤードに行かない?」とキラキラした目で言う。
ビリヤードバーに向かう道すがら、阿須加くんはいきなり私とサイカを引き離すようにして、阿須加くんは私の手を取り、ハリーくんは絶妙な距離感でサイカの隣を歩き始めた。
阿須加くんは恋人繋ぎをしてきて私の手を引き、雑居ビルの物陰に引き寄せた。
「え?サイカと離れるのイヤなんだけど」という言葉を発している途中で軽くキスをされてしまったのだ。

サイカと違い、私は顔面偏差値が“中の下”。
そりゃ、「この子と知り合いになりたい」とか「彼女にしたい」とかより、「手軽にエッチ出来そう」と思われたに違いない。
「これ、完全にラブホの方面だし、コイツら絶対ヤリモクじゃん」
当初疑っていた予感が危機感に変わった。
しかし、サイカを見ると、ハリーくんとサシで話さなきゃいけない状況にまだモジモジしている様子。

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程なくしてビリヤードバーにつく頃、私は危機を伝えるべくサイカに駆け寄った。
「今の状況、理解してる?」
サイカも一瞬の隙に何かあったのだろう、今にも泣き出しそうな目で私を見ている。
「大丈夫、私が上手いこと言うから。そしたらアイツら巻こう」
サイカは目を潤ませて頷き、私の腕を掴んで離さなかった。

そこで、さっき私の手を取ってきた阿須加くんに駆け寄り、「ごめん、生理始まっちゃったみたいで、コンビニに生理用品買いに行きたいんだよね。せっかく楽しい雰囲気なのにごめんね」
そう言うと、「ホントに大丈夫?とりあえず生理用品買ったら俺に連絡して?」とLINEを交換させられた。
とりあえずこちらも「うん、分かった」と言い、サイカとビリヤードバーをあとにして、歌舞伎町とは反対側にある新宿駅西口のファミレスに駆け込んだ。

ファミレスにつくなりサイカは泣き出し、「リサ、本当に迷惑かけてごめんね」と謝り倒してきた。
「いいよ。でも痛い目に遭ってからじゃ遅いから」とサイカを諭しながら自分にも言い聞かせた。
サイカは「しばらくは彼氏も要らないし、男友達も要らない」と、また極端なことを言っていた。

朝4時、始発が走り始める時間を知らせるアナウンスが店内に優しく鳴り渡る。
夢か現実か。
眠い頭を起こしながら私たちは新宿をあとにした。