吾輩はアラサーの酒飲み。二つ名は飲み会おっさんコロガシのまよ。会社の飲み会での、上司との会話ぶりをみて後輩に命名されたものである。

お酒は大好きである。その上、強い。会社の飲み会だけでなく、彼氏としっとり晩酌をしたり、友人を家に招いて一晩中飲んだり、はたまた地元で旅先で何軒もはしごしたり。アラサーとして、お酒を楽しんでいる毎日である。だから、一見お酒との距離感はとても近いように見える。

しかし、しかしである。私のお酒遍歴には、いくら現在お酒を楽しんでいようが、どうしても埋まらない欠乏感がある。充実しているように見えても、何かが足りない感じがするのだ。なぜか。それは人が通るべきお酒の通過儀礼を通ってきていないからである。今日はそのことについて語ろうと思う。

その通過儀礼とは、成人式での飲み会である。多くの新成人は成人式前にすでにお酒を飲み始めている。別にそれがデビュー戦でもないのに、成人式で古くからの友人と再会し酒を飲みかわすというのは、やはり特別なイベントなのである。

しかし、私はそれを通過しなかった。浪人1年目に体調を崩しその年に受験できなかった私は、成人式の年は浪人2年目であり、当日は今は亡きセンター試験の1週間前だったのである。国立大学を第一志望としていた私は、そうでなくても追い込みの時期であるため、当然成人式には参加するつもりはなかった。

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その日はいつものように朝6時には起きた。1月の朝は寒い。勉強机に向かうと足の下の方から冷気が襲ってくる。勉強するには少々寒いくらいの方が目が覚める。が、風邪をひいては元も子もないので、電気毛布のスイッチをオンにして、膝にかける。

センター1週間前となり、付け焼刃が役に立たない国語や英語は軽めに勉強するに抑えて、主に世界史の復習を始めた。私は古代中国史が苦手であった。最初の王朝夏王朝からはるか4,000年、王朝の移り変わり、領土の変化が著しく、丁寧に押さえていかないとすぐこんがらがってしまうのだ。

「しっかりと身に着けるのに良い勉強法ないですかね」と高校の世界史の先生に聞いたことがある。「友達に教えると良いよ。自分でも分からないことは人に教えられないから確認にもなるし、整理もできるからね」との回答。

でも宅浪の私は受験友達がいなかった。でも、教えたい。では私はどうしたか。勉強机の上で育てていた観葉植物。彼を人に見立てた。
「春秋戦国時代っていう群雄割拠の時代にね、秦って国があったんだ。この国が強くなったのは、孝王の時代に法家の学者商鞅を招いて改革を行ったのがきっかけだったの。例えば都市と農村の住民支配のため、十人組と五人組を設けてお互いに監視させるシステムを導入したりね……、これを『什伍の制』って言うんだよ。あっ、「十」と「五」じゃないから漢字注意な、こら文句言わない。で、結局秦が中国統一したの何年だったか覚えている?えー忘れたの?前221年だよ!こないだ教えたじゃん」という感じだ。つまり観葉植物に古代中国史を教えていたのである。当然、返事はない。言ってしまえばただの独り言である。

そんなこんなでなりきり世界史の先生を何時間やっていた頃だろうか。浪人をしていて殆ど鳴ることがなかったスマホがいきなり着信で震えだした。窓の外を見ると、いつの間にか日は暮れていた。

着信画面を見て、どきっとした。中学の頃片思いをして振られた幼馴染からだったのだ。何用だろうと、少し胸を高鳴らせて取る。「もしもし」と声を出した。家族と観葉植物以外と話をするのは、久しぶりだった。

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「おいまよ!なんでお前今日来ないんだよ!」、5年ぶりに聞く幼馴染の彼の背景からは賑やかな笑い声が聞こえる。
「まじ会えるの楽しみにしてたのに、ふざけんなよ。まじ受験とか知らんし、成人式来いよな」と彼のぼやきは止まらない。

あ、今日、成人式か。
フリーズしていた私の頭がやっと動き出した。
「ほんとありえねー、今から来いよ!」お酒の力か、成人式マジックか。幼馴染の彼は記憶にあるより、素直だった。
本当にごめんて、追い込みだからまたね。言葉少なにそう言って、電話を切った。

最初から成人式には行かない予定だった。しかしセンター試験で頭がいっぱいだった私は、その日がその日だと忘れていたのだ。成人式で友人と再会する代わりに、観葉植物に古代中国史を教えた。酒を飲みかわす代わりに、栄養ドリンクで自分を鼓舞し参考書にしがみついた。みんなと思い出を語り合う代わりに、つまりは独り言を一日中呟いていた。

会いたかったな、幼馴染。
着たかったな、可愛い振袖。
飲みたかったな、みんなとお酒。
したかったな、あの頃の恋心のぶっちゃけトーク。

でも、私には今の私にはこれしかないから。再び真っ暗になったスマホの画面を裏にして、「さあ授業の再開ですよ!」と観葉植物に声をかけた。いつの間にか日付は変わり、センター試験まで後6日になっていた。

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2か月後、無事第一志望の国立大学の合格通知書を手にした。色々な人に報告の連絡をして、幼馴染の彼にも連絡しようかと迷ったが、結局できなかった。もしかしたらその時こそお酒を飲んでいたら、その勇気と勢いが出たのかもしれないけれど。結局今に至るまで、彼とは中学卒業以来一度も会えていない。

私とお酒との距離感。それは切ない思い出も含む、ちょっとほろ苦いものである。