コロナウイルスの蔓延は世界中の人と人との距離感を変えた。
マスクをしないと取り締まられる国もあったし、スキンシップが取れなくなった文化圏もあった。

真面目な性格と言われている日本人は、マスクをしていない人を白い目で見ていた。必要以上に消毒して無菌室状態を作りだそうとして、窮屈な体験をした人も多いのではないかと思う。

そんな日々が2,3年続くと、人々はその環境に適応してくる。
そしていざマスクが解禁されると、人との距離感がバグる。それは私だけではないと思う。

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コロナ禍を経て私が変わったと思ったことは、人との距離感の取り方の幅が増え、自由になったことだ。

自分以外の物や人ととにかく距離を置く数年間を過ごし、飲み会やイベントが自粛になって人との交流が疎遠になった社会人1年目。飛沫感染を避けるため嫌いなマスクを毎日して肌が荒れ、マスク代という固定費が増えた。私はコロナウィルスに感染したことがないのでこのような言い方になる。

社会人になるとやたらと飲み会が増え、新人はそこで社会の荒波に揉まれるというのを聞いたことがある。本当かどうかは確かめられなかったが、私にとってはラッキーだった。
飲み会代は高いし、お酒に強くなかったし、帰るタイミングが分からない。私にとってはメリットよりもデメリットの方が多かった。
慣れない仕事で疲れているから早く帰って休みたいのに、そのあと人の愚痴を聞きながら高い飲食代を払うなんてお断り。

しかし、コロナ禍はそれらを一切やらない世界へと一変させた。
万が一、気が乗らない人に飲み会を誘われても、「コロナ流行ってるのですみません」と言えば大体スムーズに断れる。とても便利な言葉だ。
気の合う友だちとの食事には二つ返事で行く。当たり前だ。

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私はこの間に、「断っても良いんだ」という感覚を身につけた。
今までは、「せっかくのお誘いを断っては悪いし、もう誘ってもらえなくなるかもしれない」という気持ちがあって誘われたものほぼ全てに参加していたように思う。予定が空いていても断ったって良い。気が乗らない空間で気を遣って自分をすり減らすよりも、1時間でも早く寝て自分をメンテナンスした方が有益に決まっている。飲み会やイベントが解禁になってきている中、自分が行きたいものだけを選んで参加するということができるようになった。

その結果、人間関係が整理され、気の合う仲間と過ごす時間が増えた。
人と狭く深く接するタイプの私にとっては嬉しいことだ。

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コロナ禍では、リモートワークやオンラインチャット、バーコード決済などのあらゆる仕組みが発達した。
外出自粛がなくなった今、少しずつ飲み会やイベントが解禁されてきているけれど、オンラインでの交流やバーコード決済などの仕組みは引き続き盛んに行われている。

私の周りの社会人にも、今でも変わらず在宅勤務がメインで働いている人もいる。
通勤電車に揺られて出勤することはもはや当たり前ではなくなった。

手紙がメールになり、LINEになったように、常識は日々刻々と変化する。

私自身も、コロナ禍が収まってきても遠方にいる友だちとは変わらずにZoomで会話をすることがある。
相手の表情を見ながら会話できるという点は、電話よりも安心できると感じる。
大体話の大事な部分を電波が妨害するのだが、それも慣れてしまえばご愛嬌。
チャットで長々と文章を打つよりは顔を合わせて会話した方が伝わることもある。
コミュニケーション手段の選択肢が増えたことで内容や相手によって変えることができ、かなり自由度が増した。
何より、コロナ禍前に頻繁に会っていた友だちとの交流が続けられたのは嬉しいことだ。

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コロナウイルスは世界を分断し、人々を不安にし、命を奪った。
しかし、残された私たちは未来に生きる人だ。
過去の経験を忘れずに未来に生かし、前向きに捉えて進んでいく方が明るい。

コロナ禍に対応するために発達した物は、その後の私たちの生活をよりスマートに、便利にしてくれた。
なかなか進まなかったIT技術を一気に加速させた。そのような世界で私たちはこれからも生きていくのだ。

また、同じようなパンデミックが起きるかもしれない。
でも私たち人間は、コロナ禍の教訓を生かして新しい価値観を作りながら世界を動かしていくのだと思う。