「にがっ」

はたちになって初めて飲んだお酒は、ビールだった。

ひとくち舐めるなり顔をしかめる私に、母は笑った。レストランの照明というスポットライトに照らされた黄金色の液体は、なんだかよそよそしく、はたちになったばかりの私にはふさわしくないように思えた。初めてのお酒の感想を求められ、一言。

「ビールのことは好きにならないと思う。」

ビールとの苦い出会いだった。

月日は流れ、現在。「好きなお酒は?」と聞かれ、驚くことに「ビール」と答える私がいる。きっかけは何だったのだろう。飲んでいくうちに、ビールにも様々な味があることに気づいたことなのか。料理の味を邪魔しない無難さが気に入ったのか。甘いお酒をたくさん飲んだ後にくる「砂糖を過剰摂取してしまった……」という罪悪感に襲われなくていいからなのか。かつては「おいしくない」と感じていた、その独特な風味ですらも、今では唯一無二の魅力だと感じてしまうほどに私はビールを好んで飲んでいる。サークルの打ち上げで飲むビール。家族との晩酌でのビール。大好きな友達と授業の空きコマに、明るいうちから飲むビール。頑張った自分へのご褒美としてのビール。一緒の時を積み重ね、気づけばビールは私にとって、大切な友達のような存在になっているのだった。

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好きになることはないと思っていたビール。そんなビールとの関係に思いを馳せるとき、私はビール、ましてやお酒とは無縁だった小学生時代のことを思い出す。

「正直ハルとは関係なさそーって思ってた」

小学生時代、仲の良かったある友達に書いてもらったプロフ帳。私へのメッセージを書ける欄に書かれていたのは、そんな一言だった。その子とはたしか小学4年生のときに初めて同じクラスになった。どちらかというと人見知りで、初対面の人からは真面目な印象を持たれることの多い私に対し、その子は明るくて活発、いつも人に囲まれているような印象で、私も「まあ、この子とはそんなに仲良くなることはないだろうな」と思っていた。しかし、私はその子と、気づけばいつも一緒にいるほどの友達になっていたのである。今となってはきっかけを思い出すことはできないけれど、一緒に時を過ごすうちに、その子の新たな一面を知るたびに、仲が深まった。意外と似ているところがあることにも気づいたし、苦手だなと思っていたところもその子らしさとして認められるようになった。だからこそ、プロフ帳のメッセージ欄にカラフルな色のペンで書かれた、その一言を見たときの気持ちは、今でも鮮明に覚えている。そんなに関わることはないだろうな、と思っていた子と仲良くなることができた誇らしさ。相手も同じように思っていたのに、これほどまでに距離が縮まったことへの驚き。不思議な縁もあるのだな、と子供心にも感じた。まさか、時を経て同じような出会いを経験することになるとは。それもビールというお酒と。

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人生は案外、このような出会いに溢れているのかもしれない。好きにはならない。関係ない。そうやって、何気なく切り捨ててしまうもののなかに、私にとって、大切な存在になるかもしれない「何か」が、きっとある。そんな「何か」を残ず拾い集めて生きていけたら、どんなにか幸せだろう。

居酒屋の照明というスポットライトを浴びて、大切な黄金色は今日も温かく微笑む。思わず「ただいま」を言いたくなるような安心感に、私の頬は自然と緩んでしまう。さあ、今日もジョッキを掲げ、楽しい時間の始まりを告げよう。

乾杯!