私は感情に疎い。誰のって、私自身の感情に、だ。周囲の人間の感情を探り、優先させる癖がついているせいで、自分自身の感情はとてもとても分厚い扉の奥にしまいこんでしまったらしい。

そんな私にとってお酒は「カギ」だ。仕事において、プライベートにおいて、お酒は私の本音を洗い出す。よく、「酔っぱらうとどうなるの?」という会話を友人とすることがあるが、私の場合はその時の感情に大きく左右される。わけもなく楽しくなってはしゃぎまくることもあれば、泣き上戸になることもある。どうやら自分の心の底にある感情が増幅されて出てしまうらしい。普段本音を上手く伝えられない私にとって、それは良くも悪くも「カギ」になる。

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大学生時代に実習の打ち上げで、一人一人感想と今後やりたいことを発表していく機会があった。うっかりお酒を飲みすぎた私は「学会に参加してみたいです」と言い放ったのであった。

そもそも学会に参加するなんてもっと優秀で真面目な人達のイメージだった。その分野に特別興味があったわけではない。「学会」という響きへの憧れとたくさん人が集まる場所で面白そうに感じたというとても安直な理由だった。普段であれば、取るに足らない理由であるし、私に上手くできるかどうかも分からないしと自分の中で言い訳をして、口に出すことはなかっただろう。その日、口に出せたのは間違いなくお酒の力だ。そんな経緯で口に出したその一言で半年後実際に私は学会に参加したのだった。

さらに、その学会準備をきっかけにその分野に興味を持ち、結果として今の仕事となっている。あのとき大人しく食事をして、当たり障りのないことを言っただけだったら、今の私の状況は全く違ったものになっていただろう。

恋愛においても同じことが言える。今まで周囲の異性に対しては少なからず猫をかぶっている部分があったし、相手がこんな自分を望んでいるのだろうと感じて、そのイメージに合うように寄せていた気がする。しかし、一度お酒の力を借りて自分の本音を見せてしまえばそんなものも通用しない。自分でもいくら猫をかぶってもどうせ素を出した後だし、今さらと思うのだ。それを見ても好きだと言ってくれる相手に対して、私はもはや何を隠すこともなく、素の自分を出すことができるのだった。

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そんな私ではあるが、年を重ねるにしたがってお酒に助けられなくても少しずつ自分の感情を言葉に出すことができるようになってきた。それに伴い、お酒を嗜むということを覚えた。おいしいお酒を少量、酔わない程度に愉しむのである。

今でもお酒が私にとって「カギ」であることに変わりはない。でも、今まで隠していた自分の感情を知るための扉を無理矢理こじ開けるための「カギ」ではなく、場の空気を和ませ、相手との間にある扉を開けるための「カギ」へと変化している。以前よりももっと素敵な使い方を覚えた私は、これからもその「カギ」を使ってたくさんの扉を開けていきたい。