100年に1度の公衆衛生危機と言われた新型コロナウイルスの大流行から約3年半。
すでにその猛威は忘れ去られ、今年の夏の夜空にはよく花火が咲いている。
きっとあと1年もしたら、買い物を3日に1度に控えるように推奨されたことも、多くのお店でアルコールの提供が制限されたことも、不織布マスクでなければ入店を断られる可能性があったこともおとぎ話のようになる。
そして、この時期に巡り会えた刹那の人たちのマスクの下の素顔は永遠に知らないままとなる。

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私はちょうどコロナがブレイクし始めた2020年4月にとある都内の中学校へ赴任した。
1年間の期限付きだったため、去ることになった翌年3月までにほとんどの子どもたちのマスクの下の顔を見ることはなかった。
そして私も顔半分下の表情を見せることはなかった。

子どもたちの環境適応は早い。
学校閉校が解かれた6月、慌てているのは教員だけで、子どもたちは「ふーん」「了解」と、多くの疑問を持たずに目まぐるしく変わる規則をどんどん受け入れた。
毎朝換気をするためにフロアを周っていると、早く登校した子どもたちがぽつりぽつりと手洗い場に集まってくる。
「冷たい!」と叫びながらも、真冬の朝でも手を20秒以上かけて洗っていた。
何百回伝えてもマスクをして登校してこない生徒もいたが、多くは文句を言わずに体育中でも着けていた。

一番辛かったのは、身体接触をしている子どもたちがいたら注意をしなければならないこと。
友だち同士仲良く手を繋いでいたら、その手を解かせなければいけない。
体育祭で盛り上がって喜びのハイタッチをしても、それを黙認するわけにはいかない。
ボディタッチは物理的な距離感を縮めるだけではなく、心理的にも非常にポジティヴな要素が高い行為。
視覚的に距離を感じさせる廊下に張られた並ぶ位置を示したビニールテープ。
危険信号のように赤色と黄色で書かれた三密の重要性が説かれたポスター。
どんどん人と人との間に距離ができ、寄り添うことの難しさが露呈された1年だった。

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プレ・コロナとほぼ同じ生活環境が戻ったいま、ふとあの子どもたちのその後に思いを馳せてみる。
彼女・彼らが小学生だったときのように、もう手を繋ぐことやハイタッチをすることができているだろうか。
変な心のストッパーがこの3年間の間に育まれてしまっていないだろうか。

コロナが流行して間もなく、誰かが触った後のモノに直ぐ除菌をする様子を見ると虚しくなったことをよく覚えている。
決してその誰かが汚いわけではない。あくまでも除菌のための行為。
だとしても、シュッシュッと吹きかけるアルコールが、菌だけではなく誰かの存在も消そうとしているように感じてしまった。

あの意識して離された距離や、吹き消された人の跡は、ポスト・コロナを生きる私たちにどう影響を与えるのだろう。
100年に1度の危機を経験した生き証人として、しかと見届けたいと思う。