人間を構成する細胞が完全に生まれ変わるのは約7年。
そう思うと、私という人間は4年前から約半分だけしか変わっていない。
しかし、実際には環境や心身含め、多くのことが変化した。
世界の常識を変えたウイルスの拡大から終息。
20代前半から20代後半。
何も知らなかった社会人1年目から教育係を務める社会人4年目。
400ml 980円の無印の化粧水から30枚2500円のパック。
世界規模から日々の生活に至る変化を、毎日身にしみて感じている。
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そんな、目で見える変化と比較して心の変化について考えてみる。
変わったか、変わっていないかと言われたら、変わった、そういうのは妥当だろう。
しかし、感覚的には今まで隠れていた自分が浮き彫りになった、という感覚だ。
決して正の感情ばかりではない、等身大の私。
本質は変わっていない、あったのはたくさんの機会だった。
人というのはうまくできているようで、そうあれと言われれば
精神が崩壊するような過酷な環境でない限り、うまく適応できるものだ。
私は社会に出て、自分の持つ知識や能力を発揮し、同時にその環境に適応するためにそれ相応の努力を積み上げてきた。
そんな私がもっと難しい環境や課題を与えられる機会は多く、それは厳しすぎじゃない?と思うミッションも少なくなかった。
けれど、環境も人間関係も、稚拙な自分自身も全てにおいて変化したいのが私だ。
追い込まれ、時には精神をすり減らしても高みを目指す。
もちろんそんな環境に文句が生まれないわけではない。
しかし、内心はそのスリリングな状況を楽しんでいることが否定できないという意味ではなんとも変わった性格だと自分でも失笑してしまう。
ある意味自分の正義に基づいて走り続けられたのだから、幸せといえば、幸せだ。
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これまでの人生において、全く表面化していなかったとは言い難いが、少なくともこの4年は、変化し続けたいという本質が色濃く表面化された期間だと言える。
そうして自分を変化させ続けてきた私の内に込み上げてきたもう一つの側面。
変化し向上しない人への腹立たしさが、ここ最近急速に表面化されてきたように思える。
ちなみに、社歴や年上関係なく、初めての経験には特段腹は立たない。
誰しも初めてのことができないのは当たり前だ。
分からないことを分からないまま進めようとし、分からないことを分かるようになるまで突き詰めようとしない姿勢が心底苦手なのだ。
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他人をコントロールすることなどできない。
他人が頑張らないことに腹を立ててはいけない。
私の生き方が正義ではない、人には人の正義があり、普通がある。
そう頭の中で繰り返しても、自分より経験年数や立場だけが高い人間が自身よりも浅い知識で仕事をこなそうとする姿に嫌悪感を隠しきれなくなっていた。
社会人にしてはいささか幼稚すぎるこの態度は改めなければならない。
しかし本質的に湧き上がる怒りの感情を無いものにはできない。
だから矛先を変える。
他人ではなく、その怒りすらも変化の原動力に変換し、自分自身を向上させるのだ。
外的要因を変えるだけの力を身につけ、間接的に他人の思考を変化させる。
結局他人をコントロールしているではないかと思える気がしてならないが私が他人を変えることと社会が他人を変えることの容易さは考えずとも分かるだろう。
こうして文字に起こすことで、つい昨日も誕生した他人への苛立ちに折り合いをつけられるのだから、感情を表面化できるこの機会にも改めて感謝を述べたい。
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多くの機会に恵まれたからこそ出会えた自身の奥底にいた自分自身たち。
これからも多くの機会に恵まれるために変化することを続けていこうと思う。
自分のために変わり続けてきた4年間だったが、これからの4年間は少し壮大に他人や社会をより良いものにすることも少しだけ考え変化していきたい。
かがみよかがみのモットーを少しだけ私風に変化させるならきっとこれだ。
私が変わり、社会を変える。