日常、それは穏やかで、幸せなもの。
普段は気づかない当たり前の時の流れは、失った時に大切だと気づく。
贅沢と言われても仕方がない。
何気ないこの生活があってこその感情とはいえ、私にとって日常はひどく退屈でつまらないものだと思っていた。今も時たまそう思う。
大きな変化が必要とは思わない。
例えば、仕事に行く前にいつもと違うカフェに行って執筆活動をしてみたり、平日はおうちごはんする代わりに休日は外食にしてみたり、小さな刺激を追加してみたりする。
しかし数回も繰り返せばその刺激すら日常へと飲み込まれる。
日常への退屈度合いが極限に達した昨年度末、私は大きな変化を求め旅に出た。

◎          ◎

「あっつ〜」
額にじんわりと汗が滲み、思わず着ていた長袖の羽織を脱ぐ。
たどり着いたのはすでに初夏の風を纏う石垣島。
空港に隣接したレンタカー乗り場で電動スクーターに乗り込んだ。
右手にはどこまでも広がるターコイズブルーの海。
左手には背の高い南国の植物が織りなす深い森。
ごみごみとした都会とは真逆の地球の空気を肺いっぱいに取り込む。
途中運悪くスコールに遭遇し、逃げ場のない道で服も髪も全てびしょびしょになったが不思議と笑いだけが込み上げた。
この世界といっしょくたになってしまいそうなほど、私の心は軽くなった。

◎          ◎

そこで終わればよかった。
いっそのことそのまま元の世界に戻った方がマシだったのかもしれないと今になって思う。
そんな日常とは180°違う世界にいたはずの私が一気に現実に引き戻されたのは、飛び入りで予約したシュノーケルとSUPツアーだった。
申し込んだときはまさかそんなことになるとは微塵も予想していなかったが、大勢の人が参加したツアーで私だけが連れのいない正真正銘の一人だった。
シュノーケルツアーでは5人家族と私、SUPツアーではカップルと私という何か悪いことでもしたか?という仕打ちを食らった気分だった。
どんなに綺麗な海も、見惚れるほどの夕陽やその先に待っていた星空の世界ですら、かけがえのない瞬間を大切な人と共有する周囲と比較し、私は寂しさだけが募った。
この世界に一人ということがむしろ快感だったスクーターの旅と違い、同じ人間がいる中で一人というのは、言うなれば孤独と同義だったのだ。

「あの、今日泊まる予定だったのですが宿泊はキャンセルでお願いします。キャンセル料は支払いますので」
ツアー参加の翌日、私は当初予定していた便の一つ早い便で石垣島を後にした。
本当は沖縄本島に1泊し、本島を一日堪能するつもりだったが、それすらもせず足早に家へと帰宅した。
飛行機の窓から見える高層ビルの群集。
空港の到着ロビーへと出た瞬間、ひどくホッとしたことを覚えている。
ここでは私の孤独は人混みに紛れ、誰に気づかれることもない。
誰も私に注目しない、そんな日常がひどく心地よかった。

◎          ◎

一人という、普段は気にもしない状況が、環境が違うと、こうも強調されるのかと今回の旅で痛烈に感じさせられた。
私は一人が嫌いではない。
しかし一人を孤独と置き換えられてしまう環境はひどく居心地が悪かった。
いわゆる日常では、私が一人でいたとしてもそう感じさせない空気が流れていると思うと、日常に感謝すべきことが今回垣間見えたように思う。
ひどくつまらないものだと思っていた私への戒めなのだろうか。
普段は感じることのない日常の大切さを、今後は少しだけ尊敬しようと思う。
そして、もう一度、今後は大切な人を連れて石垣島を再訪したい。
あの世界が素敵なことに変わりはないのだ。
今度はあの世界を120%楽しめるよう、日常を精一杯生きていきたいと心に決めた。