14の私は勉強にも対人関係にも家族関係にも悩みを抱えていた。悩めば悩む程に袋小路で解決策は見つからないし、いっそ現在の生活をリセットできないかな。逃げたい。某日の部活帰り、ぼんやりした悩み事を頭に並べる。色々な些細な、でも今思うと青春の贅沢な悩みを上手に言語化して誰かに相談することも清々しく爆発することもできずに悶々としていた私は、軽快なメロディが遠のくのに気づいた。そしてそのメロディは最寄り駅の物である。しまった、乗り過ごした。初めて乗り過ごしたので少々パニックになる。次の駅までは何分かかるんだろう。快速でないから次の駅に止まらないなんてことはないだろう。全然知らない風景がびゅんびゅん前から後ろへ流れて行く。しかし、乗り過ごしたことへの不安は期待に変わる。隣町の街並みが私の街と少し違うと気づいた。
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私の住む町やその周辺は海町だから海が長く長く続く退屈な旅路だと思っていたけれど、初めて見る隣町には発見がたくさんあった。小学校は黄色とオレンジらしい。山がちな土地に線路を通しているらしく、その山も少し切り開いて畑を営む人もいるみたいだ。家々は私の町と同じように古ぼけたものが多い。
小さいけれど新しい発見があって楽しく車窓にかじりついていたら隣町の駅に到着した。ドアが開く。何人かが出て行く。出発の音楽が鳴る。…このまま終点まで行ってみてはどうだろう。家に帰りたくないな、なんて思っていたところだしこの先、どんな町が続くのか興味がある。いや、終点迄なんて言わずもっともっと遠くへ行ってみよう。決意が固まると共にドアが閉まる。電車は鉄と鉄の摩擦音を響かせながら走り始めた。次の駅は小さい無人駅で自販機が寂しげに置いてあった。出発を知らせる車掌さんの声が響く。その次の駅へ続く景色は目に楽しい旅路だった事をよく覚えている。
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オーシャンビューとしか言いようがない、トンネルを抜けて開けた視界一面に真っ青な海が広がる。駅に着いた時、持っていたケータイで写真を撮った。らしくないと思った。暫くトンネルがちでつまらない旅路が続いた。飽きたので恋愛小説を読む。主人公が相手と結ばれるかどうかというタイミングで終点を知らせるアナウンスが鳴る。某駅。ちょっとした観光地だったと記憶しているが初めて来た。それも制服で。レトロな雰囲気の駅だった。足湯とプリンの店が有名らしい。プリンは大好物だ。
ふと駅に続く商店街を見ると目と鼻の先にマスコットキャラが宣伝する件の店がある。校則が厳しく買い食いなんて品位に欠けるからもっての外。先生や先輩にバレたらどうしようと思った。が、ええい、ままよ、とこれまたレトロな瓶のプリンを買った。680円だった。ふんわりと甘い香りが口の中に広がってとろりと舌の上で溶けていく。美味しい、話題のお店だからというのでなく校則破った背徳感がいいスパイスになっていたと思う。
プリンを食べながら商店街を下ると砂浜に出た。この砂浜は文豪が小説の舞台にしたとかなんとかで顔ハメパネルとか小説の登場人物の銅像が並んでる。結構、コミカルで海水浴場的な砂浜だなあという印象を受けた。私の町の砂浜はもっと潮の匂いがきつくて黒々しく漁獲船が並んで、こんな穏やかな砂浜じゃないなと考えた時、随分と遠くへ来たなと他人事のように思った。
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1時間近く電車に乗っていた。14の私は1人でこんな遠くまで来れたのかと、自分のことながらビックリした。やろうと思えばこんな遠い場所まで、今の居場所を捨てていつでも逃げられるフットワークの軽さを持っているんだなあ、自分の住む町も捨てて知らない町にふらっと流れ着くことだって今の私にはできる。と考えれば考える程、まだあの町や学校とか先輩とか馴染めないクラスとかとお別れするには早いんじゃないかと思って、結局は二時間くらいで帰宅した。勿論、心配されたし大目玉も食らったけれど。
あの2時間足らずの放浪は私に今いる場所が捨てがたいポジションではある、ということを気づかせてくれた。上京してすっかり大人になった今でも、辛くなった時には某駅のプリンを食べたいなとぼんやり思ったりする。