潰瘍性大腸炎を10歳から患っている。血便や下痢、腹痛が頻発する病である。

最もお腹の調子が狂いやすい朝は、通勤・通学の電車でも気が抜けない。いつお腹がキュルキュルとし、便意に襲われるか分からないからだ。しかし、それは毎日のこと。オムツを身に着けたり、各駅停車に乗ることで調整したり、各駅のトイレの場所や混み具合を完璧に把握している。パニックになることはほとんどない。

が、旅先では、そうもいかない。つまり私にとって「旅」とは「飽くなきトイレ探し」なのである。今回は私にとって最大の試練となった、「飽くなきトイレ探しの旅~ドイツ短期留学ミュンヘン編~」をお送りしようと思う。

そして皆さんに古い言い伝えを送りたい。「1円を笑うものは、1円に泣く」。なお、びろうな話ゆえ、食事前・食事中の方はお控えくださいませ。

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国際色豊かな高校・大学に通っていたため、帰国子女やダブルの子など、海外経験豊かな同級生が多かった。1人で旅行ができるようになった大学生にもなると、友人たちは長期夏休みに入ると、アルバイトでためた軍資金を手に、やれニューヨークだ、やれタイだ、やれインドだと短期留学や1人旅に飛び回り、私は専らお土産話を聞き、お土産を頂く専門であった。
私も本当は世界中を旅したかった。小学2年生の文集には「将来の夢は探検家で、世界中を旅して本を出版したい」と書いていた。

でも、現実の私は毎日通学の電車を行き来するだけであった。障がいと難病を抱える私は、落ち着いてアルバイトをすることもできず、軍資金もない上、そもそもストッパーである親元を離れ1人で長期旅行に行くことなど不可能だったからだ。心底、友人が羨ましかった。

そんな羨望と悔しさの夏を2度ほど過ごした。その間一度も精神障がいの病状が大きく悪化することがなかった。翌年の夏は就活と卒業論文で忙しくなるだろう。これは今年がラストチャンスなのではないか。

両親と主治医に話があると伝えた。「夏休みにドイツのミュンヘンに短期留学に行きたい」そう伝えた。大学に入学しドイツ語を学ぶこと足掛け5年(休学2年)、大学3年生になっていた。
驚いたことに両親にも主治医にも反対されることはなかった。両親からの「今の病気をコントロールできているまよなら、大丈夫だよ」という言葉と、主治医から渡された英文の診断書と大量の薬をお守りに、私は念願のドイツはミュンヘンへ飛んだ。

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ワクワクと不安が相まって8時間のフライトは一睡もできなかった。そんなこんなでミュンヘンへと着いた。そして早速困った。奴が、便意がきゅるきゅると来たのである。

ここは手慣れた新宿駅ではない。どこだ、どこなんだ、トイレは!と焦りと便意ばかりが高まっていく。できるだけ優しそうな高齢女性のアジア人(同じアジア人の方が当たりが優しいのではと踏んだのである)をきょろきょろと探す。いた。いかにもトイレや道を聞かれ慣れていそうな優しげな方が。

‘’Wo ist die Toilette?(トイレはどこですか?)’’
足掛け5年一生懸命学んできたドイツ語の実践デビューは「トイレはどこですか?」であった。無念、もっとかっこよいものが良かった。しかし四の五の言っていられない。
聞かれた女性は、私の勢いと血走った目を見て困惑しているようだったが、
’’Oh, die nähste Toilette ist……(ええと、一番近いトイレは……)’’などと指をさし答えてくれる。
‘’Vielen Danke!!!!(おばちゃん、ほんまありがとう!!!!)’’
となぜか心の中で関西弁の感謝の言葉を絶叫し、女性の指の方向へ猛ダッシュする。すると、トイレという名のユートピアが見えてくる。無神論者よりであった私でも、紙の存在を信じた。いや、神を信じた。女神はトイレや道を聞かれ慣れてそうな優しげな高齢女性の形をしているのだと。そして、トイレに駆け込もうとすると、あることに気が付いた。入口にゲートがある。そして何よりゲートに小銭投入口がある。’’Was ist das??(これはなに??)’’

ヨーロッパ初上陸の私は知る由もなかったが、ヨーロッパでは公衆トイレが有料らしい。だいたい50セント~70セントを徴求するものだそうだ。セント、つまり小銭である。そして先ほどミュンヘン中央駅に着いたばかりの私の財布には、大金が入っていたが、すべて紙幣であった。

小銭は、ない。入れ、ない。近くの売店で紙幣を崩す時間は、ない。そこまでの余裕も、ない。ユートピアに着けたと明るくなった目の前が、また真っ暗になった。あと一歩でユートピアに入ることができるのに、この一歩がとんでもなく遠かった。50セントがとんでもなく大きかった。きゅるきゅるきゅると、腹痛と便意は容赦なく迫ってくる。

結果、私は憧れの地ミュンヘンについて15分で、着替えをする羽目になった。なんでかって?みなまでは言わない。察してほしい。

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潰瘍性大腸炎を患って15年。公衆の面前でおならして赤っ恥かいたり、オムツを使うしかなくてプライドが傷つくこともあった。きっと同世代女性の平均と比べても、そういう意味での羞恥心はとんでもなく低く、たいていのことは笑い話として笑い飛ばし、教訓を拾うことができる。それが私の強みだ。

だけど、流石の私もミュンヘンでのこのエピソードにはしばらく落ち込んだ。無理やりここで学んだことを出すのであれば、「1円を笑うものは、1円に泣く」のヨーロッパバージョン、「50セントを笑うものは、50セントに泣く」である。

大学4年生の年から、コロナが始まり、海外旅行にはその後行けていない。もし今度機会に恵まれ、言葉や自分の常識が通じない先へ渡る際には、今度は公衆トイレ事情を徹底的にリサーチしてから行こうと思う。勿論財布には小銭はパンパンで。