おそらく、私は人よりも旅行の経験が少ない。
昨年、夫と初めて1泊2日で出かけたのだが、私の記憶が正しければ、泊まりがけの旅行は12年ぶりのことだった。日帰り旅行は何度かしたことがあったが、何となく、旅行=宿泊のイメージがある。

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「12年ぶり」という数字がピンポイントで出てくるのは、はっきりとした思い出が残っているからだ。
私が中学2年生の時、夏休みに家族4人で旅行に行った。そもそも我が家では、夏の家族旅行が恒例行事となっていた。毎年必ずやって来るイベントで、今年はどこに行くんだろうといつも楽しみにしていた。プランは母が考えて、旅の道中でのハンドルはいつも父が握っていた。

房総半島、伊豆、新潟、那須…今考えれば物凄く遠くへ出掛けていたわけではないものの、幼い私にとっては夏の大冒険と言っても過言ではなかった。海なし県で育ったせいか、特に海水浴が旅行プランに含まれていた時はテンションのボルテージが天を突き抜ける勢いで高まったものだった。
かなづちだから学校の水泳の授業は大嫌いだったけれど、波の揺れと浮き輪に身を任せて、海の上をプカプカと浮く時間は大好きだった。日焼けのせいでどれだけ肌の皮が剥けようとも、それさえも旅行の思い出の一コマになった。

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しかし、そんな家族旅行は私が中学2年生の時を最後に途絶えた。両親の仲が険悪になり、到底旅行に行けるような雰囲気ではなくなったからだ。
寂しい、とは特に思わなかった。のちに高校受験が控えているということもあり、むしろちょうどよかったと当時は考えていたかもしれない。次第に思春期特有の父親に対する生理的嫌悪も抱き始め、家族みんなで何かをすることそのものに嫌気が差すようになっていった。

父と母はその後離れて暮らすようになったが、離婚はしなかった。もう一緒に住んでいないのに夫婦のままでいる意味がよくわからなかったが、今後に関する話し合いの場を設けること自体がきっと苦痛だったのだと思う。顔を合わせるだけで、ゴールの見えない激しい言い争いが途端に勃発する。
父のほうは母と話したがっていたような気配があったが、結局ふたりとも「ふたり」に関する思考を停止させ、そのまま10年近くの月日が流れた。

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その後、久しぶりに家族全員が集まったのは、昨年の暮れのことだった。
唯一母だけがベッドに横たわり、時々小さな唸り声を上げ、苦しそうに呼吸をしていた。危篤状態だった。
もう会話をすることすらままならなかったが、急にはっきりとした言葉を大きな声で口走ったりもしていた。「どうしたの?」と問うと、ふっと我に返ったように「……何でもない、妄想だから」と母は力なくつぶやいた。後から知ったのだが、亡くなる前兆としてよく現れるらしい「せん妄」という意識の混乱症状だったのではないかと思う。

そんな中で、母が突然「中国とかアメリカって行ったことあったっけ?」と声を発した。何の脈絡もなかったため、これもせん妄のひとつだったのだと思う。父は困ったように「……また変なうわごとを言ってるよ」と首を傾げていたけれど、私は何となくぴんと来た。「新婚旅行のことじゃない?でも、行ったのはオーストラリアだよね」と父に尋ねた。

「ああ、オーストラリアね。ふたりで行ったなあ」

母に対して、こんな風に穏やかに言葉をかける父の姿を見るのが久しぶりで、私は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。死が迫っている相手に対してかつてのように喧嘩を吹っかけることはさすがにしないだろうけれど、それでも、狐につままれたような、泣きたいような、ふっと笑いたいような、何とも言えない気持ちが胸の底からせり上がってきた。

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母が亡くなった後、父は家にある古いアルバムを引っ張り出し、整理を始めた。いくつかの写真をアルバムから抜き取り、フォトフレームに入れて新たに部屋の隅に飾っていた。幼少期の私と妹や、若かりし頃の母の写真がそこには並んでいる。

新婚旅行の写真は昔にも見たことがあったけれど、母の死後、改めて父から見せられた。
若いふたりはぴったりと身体を寄せ合い、カメラ目線で微笑んでいた。時代を感じるファッションと、異国ならではの情緒漂う風景。写真の中の空気感から、きっと父のほうが愛が大きくて、母は少しだけ照れているような、そんな雰囲気を私は勝手に感じ取った。当たっているかもしれないし、外れているかもしれない。仮に今父に確かめたところで「さぁ」とはぐらかされてしまうだろうけど。

ふたりは確かに大きくすれ違い、別居状態のまま、永遠に離ればなれになった。
「早く離婚すればいいのに」と思ったことは、正直な所何度かあった。でも今思えば、夫婦のままでもよかったのかもしれない。父の姿を見て、そんな風に感じた。少なくとも、父の中には母への愛がずっと消えずに残り続けていたのではないかと思う。

きっと、幸せな時間も確かにあったはずだ。新婚旅行の写真を見て改めてそう思った。
それに、家族4人で行った夏の旅行も、記憶の中では楽しいままだ。家族がばらばらになってしまっても、過去まで塗り替えられることはない。これまで行った家族旅行のすべてに、幸福のかけらが詰まっている。いつ、どの角度から見ても、そこから光が失われることはない。

異国の名前をふいに口にした、亡くなる直前の母。
新婚旅行の記憶が、走馬灯として蘇ってきたのだろうか。国名はちょっと違っていたけれど。
もし、旅先での古い記憶を思い出していたのであれば、それが幸せに包まれたものだったらいいなと思う。