いつからか、お風呂にもスマホを持ち込むようになった。本当に良くないと思う。

私はもう随分と歴の長いスマホ依存症だ。
常に傍にないとそわそわしてしまうし、用もないのに開き、SNSサイトを巡回する。YouTube開いてみる。異常だと思う。だけど恐ろしいのは、そういう“異常”な人は意外と世の中に溢れていて、逆に私が“正常”側なまであることだった。

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どれだけの時間をこの冷たい液晶に食いつぶされたんだろう。
高校入学と共に私の元へ来た。周りよりもだいぶ遅いスマホデビューだと思う。でも、それ以前から休みの日に一日10時間近くゲームをしたり、家のパソコンをいじったりしていたから、間違いなく依存症の素質はあった。でもこれはゲーム機や家族共用パソコンみたいな、そんな生優しいものじゃなかった。

スマホひとつで恐ろしいほどなんでも出来る。今の時代だとお金なんかよりもよっぽどなんでも出来るのではないかと思う。と、思ったけどお金がないとスマホを持てないから今のはナシ。
とにかく、スマホは私たちが本来持って良い以上の大きさの力を私たちに与えてしまっている気がしてならない。

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お風呂に入っても、私はスマホを見つめている。SNSをぐるぐるエンドレス。最近のSNSは殺伐としている。文章作成AIやステマ、または顔の見えないバズりたがりの悪意のある人たちによって、信じられない量のデマが流れてくる。デマじゃないにしても、見ていて疲弊する内容ばっかりだ。マウントの取り合い、優劣の競い合い、貶し合い。これを呟いてるの本当に人間か?信じたくないような内容も流れてくる。

なんかもう、無理かも。
湯船に浸かりながら液晶を見ている時、ふとそう思った。

スマホを持ってからの約6年間、私はどれだけの時間を捧げてきたんだろう。
もちろん、スマホのおかげで出来たことはたくさんたくさんある。無い生活は考えられないし、私くらいの年齢の子が普通に生きていくにはスマホ無しでは無理だろう。
でも、それでもスマホなんかただの便利ツールだ。人生のサポート係でしかないこいつに、人生の主役を奪われてたまるか。なんて思ったりした。

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スマホに脳死で身を任せる時間は気持ち良かった。その時は思考停止できる。楽。苦労せずとも面白いコンテンツが流れてくるし。
けどもうそれをやめる。SNSの過激さや自分の怠惰さに嫌気が差したのもあるけど、単に飽きが来たのかもしれない。どれだけ面白い映画も時間を置かずに何百回と観れば食傷気味になるように、何千時間とスマホに費やしてきたからこそたどり着けた境地なのかも。

いきなりすっぱりとスマホ断ちすることは厳しい。だから、まずはお風呂に持ち込むのをやめることにした。

お風呂の中では、人間関係の事とか、好きな音楽の事とか、将来の事、頭に浮かんできたこと全部とちゃんと向き合おうと思う、思考停止せずに。バスボムとか買ってみようか。ちゃんと自分で考えて、楽しい時間を作りたい。