「スポンジケーキ」は「ケーキ」に入りますか?

わたしは生クリームのついたケーキが、幼少期よりあまり好きではなかった。
「ケーキ」というと、大抵の人は「ショートケーキ」や「チョコレートケーキ」を思い浮かべるのが常だろう。
ただ私はなんと「クリームがない方が好き」というなんとも面倒臭い子供だった。

「クリーム乗ってないやつ食べたいんだけど」
と、幼少期に言っては見たものの、
「ケーキは上にイチゴとかのってるやつじゃないと」
「やっぱ白いクリームでしょ」
と、周りの反応はいまいち。
食品の見た目にこだわりを持つ極度の甘党の兄と、今の私の年には私の2~3倍はケーキを食べていた母。
とりあえず味覚音痴。食べ物は豪華なものがいいと豪語する父。
当然ながら勝ち目はない。

お誕生日のケーキに何がいいと一度聞かれて、心の底から「スポンジケーキ」と一度言ったことがある。
その時に、
「うちにお金がないみたいでしょ!」
「それは誕生日ケーキにならないよ」
「お誕生日なんだよ豪華にしないとダメだよ!お母さん悲しいな」
と、必死の説得を受けたことを覚えている。

私の誕生日なのになぜ周囲の悲しい云々を考慮せねばならぬのだろう。
「カステラはお誕生日ケーキの他に買ってあげるから」と言われ、交渉に乗った。
夢のスポンジケーキまで手を出そうとするも、基本装飾前提である。
クリスマスの時に売られているのを食べたくとも、冷め切った加工され尽くしたスポンジケーキに夢の跡のような寂しさを覚えた。

自分で「スポンジケーキ」を作ればいい。そう思ったけれど…

そんな私は苦肉の策として、装飾のない好きなケーキを覚えていった。
「チーズケーキ。ふわふわの何も乗ってないやつ!」
まずは、スフレチーズケーキを答える技を覚えた。
ケーキ屋で売っていたのを予習していたのである。

さらに歳を重ねると、クッキー等の簡単な焼き菓子が焼けるようになった。
自作のマドレーヌならば何もかけずに、焼きたては最高にうまい。
手間がかかるものの何度かあった、憧れのスポンジケーキまであと一歩。

ただ、焼くと決まって家族や友人は言うのだ。
「デコレーション楽しみだね」
違う、そうじゃない。ああ、ちがうそうじゃない。
お決まりのパターンは「スポンジはそっちにまかせちゃったから、ここからは……」という言葉。
加工のために切り取ったスポンジの上部の「夢のかけら」を「よかった成功、スポンジは美味しくできたよ」とか「デコレーションはまかせた」と言って、わたしは当時スポンジケーキの「かけら」を食べるしかなかったのだ。

甘いものが嫌いなわけじゃない。だけど、飾りのないものが食べたくて

甘いもの最盛期となるであろう女子高生、女子大生になった際も、その流れは変わらなかった。
某おしゃれカフェのパンケーキ。カフェのフラペチーノ。
どれもこれも、わたしの目はキラキラすることはなかった。
甘いものが嫌いなわけではない。でも、なんだか好きじゃないのだ。

「ブラックコーヒー飲めるって大人だね」
いや、飾りのないものが飲みたいんだけど。
「ええ~クリームのってるやつにしようよ」
だから、飾りがないものが食べたいんだって。
「せっかくなんだからもっと豪華なもの頼んだら?」
いや、お金とか、そういう理由でもないんだけど。
「食べるもの、あんまり女の子らしくないよな」
そう言われたこともある。

ああ、もう難癖つけて装備課金をつけさせようとしないでくれますかねぇ!
そう思い、他人と「食事」に行くことはあっても、カフェ等のお茶には行きたくなかった。
もっぱら一人でクリーム等のない「プレーン」を食べた。
「スポンジケーキ」をそのたびに、ちょっととはいえ、ほぼ必ず考えていた。
プレーンのホットケーキ、ワッフルは大好きだったのだけれども、ある意味「ジェネリック夢の具現物」だった。

もう私が本当に食べたいものを邪魔されることはない

そんなある日、つい最近個人商店のお勤め品コーナーに「スポンジケーキ」キットが置かれていた。
去年のクリスマスあたりに仕入れて失敗したものだろうか。賞味期限が非常に近い。
そういえば最近お菓子つくってなかったな。100円になっている。
今のわたしは一人暮らしだ。もうわたしの購入に対するガヤはいない。
もう29歳だ。甘いものおいしい生クリーム幸せとか言ってたうちの数名周りの友人たちも胃がキツくなってきた。
ブラックコーヒー?と聞いてくる輩(特に男)には、とったコーヒーインストラクターの資格を自慢して黙らせた。

箱の裏に書かれている「用意していただくもの」の「たまご」と「牛乳」準備はもう家にある。
さぁ、どうということはない。誕生日でも記念日でもないが、スポンジケーキを食べよう。
そう、ぽいとカゴにいれた。ガヤを封じることができる状況。己の経験と自信。拒否する理由はどこにもない。
今ここには私しかいないから、満場一致で採択だ。

幼い頃、クリームの是非を問うた私へ。
面倒臭い、わがままとか、遠慮してるのとか変とか貧乏くさいとかたまにそんな失礼なことも言われた私へ。
クリーム、ぬらなくてもいいんだぜ、私。そうだよ。スポンジケーキを腹一杯食おうじゃないか。その願い、叶えてしんぜよう。
30年近いモヤモヤが、170度のオーブンのなかであと50分で解決するのはあっという間だ。
ケーキが焼けたらコーヒーを淹れて、待つことにしよう。
しがらみを全部解決させて叶えた「夢の塊」のスポンジケーキは本当の本当に、おいしかった。