姉の住むマラウイへ到着。クタクタで辿り着いた家は電気もガスもなく…

もう5年ほど前になるだろうか。
大学を卒業する直前に、姉の住むマラウイという国へ遊びに行った。
2度の乗り継ぎ含め丸24時間、言葉通り地球の裏側へ着いた時には、今にも倒れそうなほどクタクタだった。
空港から更に車で3時間。
ようやく辿り着いた姉の家は、電気もない、ガスもない、かろうじで家の枠組みがあって雨風は凌げる。そんな家だった。

姉の家だけではない。
発展途上のその国は、首都圏を除いたほとんどの地域がそのような作りで、全身で訴える疲労を労るべくお風呂に入りたくても、そもそもお風呂という概念がない上、
フカフカのベッドでぐっすりと眠りたいのにも関わらず、そこにあるのはゴザのような薄っぺらい敷物と、何枚かの毛布だけだった。

せっかくの機会だからという両親の勧めにより来たものの、都会っ子の私は、ネットが繋がらないだけで苦痛を感じるのに、それどころかゆっくり眠る環境すら整ってないだなんて!
到着して1日立たずして来てしまったことを後悔した。

けれど、帰りの飛行機の便は2週間後。なにがなんでもその日まで耐えなければいけないのだ。
先のことを考えるよりも、まずこの疲れを取ることが最初だ。
ひとまずありったけの毛布を敷き、その上に寝っ転がり目を瞑ると、疲労のせいかまだ陽が落ちていないというのに、あっという間に眠ってしまった。

来たことを後悔したけど、姉と一緒に過ごせることは嬉しかった

目を覚ますと、真っ暗闇の中で姉が蝋燭に火をつけ作業をしていた。
「あ、起きたん?でも夜やから何にも出来ひんし、もうちょっと寝とき」
そう言って再び眠るよう促した。

何も食べずに寝てしまったせいで、猛烈にお腹が空いていた。
それを伝えると姉は容赦なく、
「夜やから何も用意できひん」
と、ペットボトルの水をくれただけで相手にしてくれなかった。

"やっぱり来るんじゃなかった"
コンビニどころか冷蔵庫すらないこの国は、まるで地球上とは思えない世界だなと、この国のこの家しか知らない状況ですら偉そうにそんなことを考えながら、水で空腹を凌ぎ、朝を待った。

そんなこんなで待ちに待った朝がやって来た。
こんなに朝ご飯を楽しみに待つのはいつぶりだろうか。
1日ぶりの食事にウキウキしながら姉の元へ行くと、その国の主食であるとうもろこしの粉で作った蒸しパンのようなものを出してくれた。
これがびっくりするほど無味で、不味いわけではないけれど、美味しいとも言えず、単なる栄養補給になる食事だった。

日本で言うお米に当たるのだろう。
その日の昼食も、その日の夕食も、また次の日の朝食もその蒸しパンがご飯だった。
横に添えられた野菜たちも4種類ほどが、ぐるぐると回るといった感じで特に代わり映えがせず、おまけに味付けは決まって塩だけ。
食事まで美味しくないなんて!

再び私は来たことを後悔した。
唯一来て良かったと思えることといえば、姉と一緒に過ごせること。
歳の離れた姉は、私が中学に入った頃にはほぼ家にいない状態で、私が高校卒業のタイミングで家を出たこともあり、会うことはあっても、暮らすことは10年ぶりぐらいだった。

飲んだ瞬間に言った「美味しい」姉は私の好みを覚えてくれていた

3日目の朝、「今日はおまけ付き」姉はそう言って食後にコーヒーを出してくれた。
普段であれば絶対に飲まないインスタントのコーヒーに、正直あまり気が乗らなかったが、姉がニコニコしながら、「まあ飲んでみ」と、促すものだから恐る恐るコーヒーを口にした。

「美味しい」
私は飲んだ瞬間、思わずそう言ってしまった。
一口で体中に幸せが巡るような。その幸せによって、体中の細胞がむくむくと目覚めるような美味しいコーヒーだった。
「これは美味しいわ、最高」
そう言う私を見て姉は更に大きな笑みを見せ、「やろ。昔から甘いコーヒー好きやったよな。やから砂糖いっぱい入れてん。絶対好きって言うと思ったわ」。

あぁ。
何だかその言葉に涙が出そうになった。
きっと知らない土地で疲れていたせいもあるけれど、そのコーヒー一杯に昔が思い出されて、懐かしいやら、嬉しいやらで胸がいっぱいになった。

いいコーヒーをどれだけ飲んでも、心満たされたあの一杯には敵わない

私は昔から甘いミルクたっぷりのコーヒーが好きだった。
家族でカフェに行っても、ブラックを飲む両親を横目に砂糖をドバドバ入れるような子だった。
それを姉が覚えていたことも、高校生になった頃から太ることを嫌がり、無糖のコーヒーを飲む習慣がつき、それを私自身が忘れていたことも、今でも体は正直に、甘いコーヒーを飲んだことによって幸せで満たされていることも。

久しぶりにこうして2人の時間を過ごしているけれど、私たちはずっと一緒に育って来た家族なんだ。
何だかそんなことを改めて感じると、昔の思い出や時の流れや姉の優しさに目頭が熱くなった。
心と体も満ちたおかげで疲れは吹っ飛び、そこから残りの時間を楽しく過ごした後、私は日本に帰って来た。

アルバイト先のカフェでは、インスタントのコーヒーなんて出ない。
もっと厳選されたコーヒー豆と、作り上げられた牛乳によって至極の一杯が作り上げられる。
けれど、そんな"いいコーヒー"を飲んでも、あの一杯に勝ることはない。

カフェ巡りが趣味の私はその後も、たくさんのコーヒーを毎日飲み続けているけれど、後にも先にも、あんなに心満たされる、体中が目覚めるようなコーヒーを飲めたことはない。