なぜだろう。お風呂に入るまで覚えていたことを脱衣所ですっかり忘れて、浴室に入った瞬間に思い出すのは。こういう時に限って、リビングへ取りに行かなければいけない忘れ物や、体を拭かなければいけないめんどくささがある。
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私がよく忘れるのは、1回ずつ個包装になっているトリートメントを使う時。試供品としてもらい、ほかの買い物と一緒にまとめて置いておくことが多い。お風呂に入る時に持っていけばいいや、とその場に置いたままにしておいたら最後。
チラッと視界に入ったのを最後に、トリートメントを持たずに脱衣所に向かう。着替えなどの準備を整えて、浴室の扉を開け、戸を閉める。シャワーの蛇口を捻ってお湯を出し、頭を洗い始めたその瞬間、「あっ」と一言声が出る。そう、トリートメントを忘れたことに気がつくのだ。すでに髪も体も濡れている。水滴をすべて拭いて、トリートメントを取りに行って、またシャワーを浴びるのは二度手間である。
たった一瞬でここまでイメージができ、めんどくさいという結論に至るという動揺ぶり。大事な予定を明日に控えているからこそ使いたかったトリートメントも、またいつかにお預けだ。がっかりした気持ちと、忘れた悔しさと、戻るめんどくささが一気に押し寄せてくる。
だが肝心な時に限って、思い出したいことは思い出せず、思い出せないまま時が過ぎる。思い出した時にはすでに身動きができないことが確定しており、「終わった」と嘆いていることが多い。これまた七不思議のような現象だ。立て続けにやっているわけでは無く、たまにやってしまうミスである。しかしなぜだか、またやってしまった、という感覚が強く残る。少し前も同じことをしたな、という思い出し方をするのだ。
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いつになっても、気づくとずっとこの忘れ方をしている。試供品のトリートメントだけでなく、新しく買ったシャンプーやボディーソープ、保湿クリームなども同じだ。
すぐに定位置に片付けないからかもしれない。リビングに置いておくことが全ての始まりかもしれない。それでもお風呂に入る時、一度は視界に入って存在を認識したのにも関わらず、スルーしてしまうのはなぜだろう。忘れないようにしなければいけないと自分の中で呟いて通り過ぎ、また戻っていくときにはなんの感情もなくなっている。お風呂場で忘れ物を思い出すのと同じくらい不可解なことである。しかも、この2つはセットだ。
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浴室のあの空間には、なにか特別なものがあるのだろうか。私たちの記憶や行動を呼び起こす何かが。とある歌手は、歌詞はお風呂に入っていると思いつくと言う。潜在的に存在し、頭の中でいろんな刺激に押されて眠ったままの記憶が、お風呂に入ることで呼び覚まされるのだろうか。試しに「お風呂 記憶」で検索をかけてみたが、関連しそうな記事やデータは出てこなかった。いまだに不思議なまま存在している問題らしい。
ここまで書いておきながら、この経験をしているのは私だけだろうか。不安になってきた。検索しても出てこない答え。誰も不思議に思ったことはないだろうか。きっと多くの人が経験しているであろうことだと思っているのだが、実際はどうだろう。アンケートや統計をとってみたいものだ。特に、トリートメントの話は共感してもらえる確率が多い話だと思う。シャンプーに置き換えれば、男女共通の話になりそうだから。
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お風呂場は、記憶と不思議な結びつきをしている場所であると思う。お風呂に入るまで忘れていたことを、ふとしたタイミングで思い出す。そうかと思えば、またすぐに忘れる。身動きができない時に限って思い出すからやるせないのだけれど。きっと今後も何度でも繰り返していくのだと思う。思い出せなくて、お風呂に入ると思い出せて、また忘れて。おもしろい、不思議な現象だなと思いながら、またか、と今日も付き合っていく。