倹約家の父だが、なぜかコーヒーだけはハンドドリップでこだわりのコーヒー屋さんで豆を購入していた。
その影響で私は実家を出て引っ越した時も、ソファやダイニングセットと同時に当たり前のようにハンドドリップセットも購入した。
もちろんインスタントコーヒーも常備しているし、ミルクにかけてココア的に飲んだりもする。
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わたしとコーヒーの関係性を変えたのは約1年前のこと。
カフェ激戦区の近所に新しくできたカフェ主催のワンコインでできるハンドドリップ体験会に参加した。
そのイベント後、ドリッパーを変えた。
浅煎りの酸っぱいコーヒーが好きだった私が、高校生の時の味覚にもどって深煎りのコーヒーも好きになった。
別のコーヒー屋さんのバリスタさんとも、ハンドドリップにまつわる色々なこだわりを聞くようになった。
自宅でもタイマー付きの秤を使って時間と量をしっかり管理しながら淹れ始めた。
コーヒーと一緒に糖分をとるといいと聞いたので、何らかの糖を一緒に摂取するようにした。
牛乳が苦手だったのにカフェラテも家で作るようになった。
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その後、飲みすぎて一周回ってコーヒーで胸焼けしたり、気持ち悪さを感じるようになってしまったので、毎日飲むのはやめた。2週間に1回程度に頻度は減った。
そこで私に残ったのは、いわゆる「自分のための手間」だった。
正直ハンドドリップなんてめんどくさい。
豆も新鮮な状態で維持するために冷凍庫で保管して、飲む30分前に40グラム出して室温に近づけ、ペーパーフィルターの匂いもとり、蒸らしも長めにしてからようやくお湯を注ぎ始める。あ、お湯も熱湯じゃなくて少し冷ますんだった。カップも温めておくんだった。
たった1杯のコーヒーのためにこんなにも手間をかけられるなら、他のことにも手間暇かけられるはずだと気がついてしまった。
コーヒーを飲めない日はロイヤルミルクティーを作るようになったし、おいしそうなお茶は少しずつ買い揃えるにしている。金沢でも自分用のお土産として加賀棒茶を2種類購入した。
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要するに、自分のために何かをしてあげられるようになった。
私は自分を卑下して、自分で自分に最低な言葉を投げつけて、傷めつけるように生きてきた。だから自分のためになるようなことはできなかった。
自分を大切にするために始めたヨガや筋トレ、お菓子作りも一切やめたし、ご褒美タイムだったポップコーンとサブスク映画もやめた。
だから、肩こり首こりもひどく全身はカチコチ。脚は浮腫んだままで全身冷えて冷えてしょうがない。夜も寝付けなくなってしまったし、毎日イライラしてしょうがない。食欲にも波ができてしまった。毎日のシャワーもままならない。
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というのも、社会人になってから私にとってはひどいストレスのかかる環境に置かれてしまって、精神科への通院も余儀なくされてしまった。
大学受験の挫折や親との関係に悩んでいたことがきっかけで、大学の時に止められなかった摂食障害やリスカなどのわかりやすい自傷行為は落ち着いたものの、間接的な自傷はやめられないでいる。
そしてここ2ヶ月でついに私は精神科への通院もやめてしまった。
だけど、毎日自分の飲みたいものは飲めている。コーヒー、紅茶、ほうじ茶、ハーブティーなど、動けないけれどわざわざお湯を沸かして飲めている。
だから、まだ私はきっと大丈夫。
ハンドドリップをきっかけにして、飲み物に関しては自分を労われている。10ヶ月かかったけれど。
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最近、気づいた。もしかしたら飲み物と同じように、体の不調も自分のできるところから始めていけば改善していくのかもしれない。
軽いストレッチでも、ダンスのコピーでも、すこーしずつ、すこーしずつ自分のためにできることが増えていけばいいな。
正社員を手放して動けなくなってから10ヶ月。薬を切らしてから2ヶ月。世間一般にはまず這ってでも通院することが1番いいことだろう。私もそう思う。
けれど、不安障害などを患ってもう7年。毎月病院には欠かさず行っていたけれど、行けなくなったものはしょうがない。できることから少しずつ始めたい。
高校生の時の私みたいに、エネルギーに溢れて、将来に前向きで、自分を信じられていた私にいつか戻りたい。
ハンドドリップという一手間が少し前向きにさせてくれた。
気が向いた時にカフェのついでに精神科に行ってみようかな。