私の両親は、揃ってコーヒーが好きです。我が家の休日には、よくコーヒーの香りが漂っていました。普段は安いコーヒー粉から淹れるドリップコーヒーを楽しんでいましたが、日曜の朝だけは、父はハンドミルで豆を挽くところから始めていました。

幼かった私は、ハンドミルをくるくるするのが楽しくて、ミルのハンドルを回すお手伝いをしていました。そして、ハンドミルの下部に溜まった挽きたての粉の香りを嗅ぐのは、幸せな瞬間でした。もっとも、その時の私にとって、砂糖や牛乳を入れたコーヒーでさえ、苦くて飲むことはできませんでした。そのため、楽しむのはあくまでも香りだけでしたが。

家でよくコーヒーを飲む両親を見て、小さいころの私は、「大人だなあ」と感じていました。

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今も、コーヒーの香りは大好きです。しかし、ブラックコーヒーの味そのものは、大人になった今でも、得意ではありません。気が付いたら、ミルクや砂糖など何も入れずにコーヒーを飲めるようになっていましたが、自分で選ぶならば必ず牛乳を入れてしまいます。

コーヒー9牛乳1くらいの、コーヒーの香りを打ち消さずに少しだけミルク感を味わえる、そんなコーヒーが好きです。

でも、いつかはブラックコーヒーの良さがわかる日が来るのではないか、と密かに期待しています。というのも、ブラックコーヒーが大好きだった母が、よく言っていたからです。
「20代のころはコーヒーの美味しさがわからなかった」
と。

ブラックコーヒーを飲まなかった母が、コーヒーの美味しさを知るようになったきっかけは、働いていた場所の環境にあるようです。 

母は、若いころにいた職場で、コーヒーを淹れる役割を持っていたそうです。そこでは自分もコーヒーは無料で何杯でも飲むことが許されていました。それならばと、コーヒーを飲むうちに、ブラックコーヒーもいける口になったのでした。

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最近私は、コーヒーを自分で淹れた時には、最初に一口はブラックで飲むようにしています。ブラックコーヒーを何度も飲めば、そのうちに母のように、ブラックコーヒーの良さを理解できるようになる日が来ると、信じているからです。

砂糖も牛乳も足さないコーヒーを味わうのは、大人な気がして憧れています。ブラックコーヒーを嗜めるようになりたいのは、もともと香りが好きなだけでなく、大人な飲み物を満喫できるようになりたいというのも、理由の1つです。

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それと、もう1つ、ブラックコーヒーを飲めるようになりたい理由があります。コーヒーは、私の父と母の「なれそめ」のキーアイテムのようです。職場でコーヒーを淹れる役目のあった母は、そこで父と出会ったのだと、私は聞かされました。

それを聞いたのは、私がおそらく小学生の時だったと思います。出会って以降、どうやって親密になっていったのか、その過程は知りません。恥ずかしいのか、本当に忘れてしまったのか、覚えていないと言って、教えてはくれないからです。

コーヒーが無ければ私はこの世に産まれていなかった、というと大げさです。しかし、コーヒーが母と父とを結びつけるきっかけとなったキーアイテムであることには、間違いありません。

だから、私はブラックコーヒーを飲めるようになりたいのです。両親のなれそめの味であるブラックコーヒー。そんな、素敵なキーアイテムであるコーヒーを、両親と一緒に、楽しめるようになりたいから。