私は、転職することにした。

私は本当に今の職場を辞めるつもりだ。
公的機関という安定した職場を辞めて、民間企業に入ろうとしている。

これまで何度も「もう転職しちゃおっかなぁ」と言い続けてきた。
転職の面接を何度も受けて、内定もいくつか頂いて、 「次の場所はここじゃない気がする」と思って辞退する、を繰り返してきて、何がしたいのかよく分からなくなっていた。
そんな私がついに転職先を決めたのだ。

エージェントから紹介されて初めて知った会社だったけれど、会社HPと求人を見て、咄嗟に「あっこれだ!」と思った。
私がうまく言語できていなかった「私がやりたい仕事」だった。
執行役員を目の前にしても、あれほど笑って笑顔で話した最終面接はこれまであっただろうか。

入社先は、皆真面目だけれど、それぞれの社員に個性がある会社だ。
面接やカジュアル面談で会った社員は、誰もが温かくて、年齢ですべてを決めつけない、私のような若手を相手にしても傾聴の姿勢のまま。
結局は、人に惚れて、心がウキウキする会社を選んだ。

新卒の就活の頃、誰もが知っていて憧れるようなグローバル企業からも内定をもらった私は、会社のネームバリューや給料の高さではなく、自分の専攻を生かせる今の職場を選んだ。
今回の転職活動でも、「えっすごいじゃん」と言われるようなグローバル企業からも内定をもらったけれども、結局は、自分の年齢ではなく能力を評価してくれて、「転職して働くのが楽しみ」と思える会社を選んだ。

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じゃあ、なんで辞めるの?と。

退職にはいくつかの理由がある。表向きの理由と、裏向きの理由が。

まず、私は今の部署の上司や同僚には本当に心から感謝している。
良い人たちばかりで、社会人の最初の数年間をこの環境で過ごせた私は幸せ者だと思う。

表向きの理由は、「頑張った分だけ評価されるようになりたい」だ。
公的機関に勤めていると、収入が安定しているというメリットはあるものの、どんなに仕事を頑張っても、どんなに優秀であっても、お給料は年功序列だ。
私がどんなに優秀でも、いわゆる出世街道の異動をすることはあっても、急にお給料が増えるわけではない。お金だけがすべてではないけれど、頑張っている分だけ評価されたいという気持ちが出てきてしまった。
褒められることや華のある部署に異動することだけでは満たされない何かの欲求が生まれてしまったのだ。

裏向きの理由は、「心が耐えられない」だ。
今の仕事にも誇りを持っているし、楽しいと思う瞬間も、オフィスで同僚と笑いあうこともある。ただ私はもう疲れてしまったのだ。
私は、新型コロナウイルスの影響のせいで、海外の大学院への進学を断念して、就職した人だ。
ずっと行きたかった大学院への道が閉ざされ、いつ海外に行けるのか、いつ入学できるのか分からないなかで、きっと2~3年経てば海外に行けることは頭では分かっていたけれど、
周りが次々に就職先や進路を決めていく中で、ただアルバイトを続けて、いつか始まる海外大学院の出願時期を待つわけにはいかなかった。

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だから、せめてもの思いで、お給料は気にせず、自分の専攻がかせる職場を選んだ。
ただ、働き始めるうちに、自分の個人的な思いと、組織としての方針、仕事内容に乖離が生まれてきて、「本当に世の中の役に立てているのかな」と思うことが増えてきた。

自律神経が乱れてしまって、眠たいはずの夜はなかなか寝付けず、2時や3時になってやっと眠れる日々だった。自分が何に悩んでいるのかさえ分からない。
悩み事について考えていて、夜眠れないというわけではなく、特に何も考えていないつもりなのに、なぜか夜は眠れないのだ。

特に、海外拠点で働くローカルスタッフと一緒に仕事をした海外出張で、私の心は限界を迎えたのだと思う。
こんなに頑張って働いてくれているローカルスタッフの待遇と、駐在員の待遇は天と地の差ほどだった。それを私は知らなかった。
彼らは本当に貴重な人材なのに、私の組織は大切にしてくれないようだった。

私はただ感受性が高すぎる人間なのかもしれない。
必要以上に相手に共感してしまうのかもしれない。
私が好きな国の人が、日本を好きになってくれて、ものすごく上手な日本語を話してくれて、私と一緒の組織で働いてくれているのにも拘わらず、彼らの労働環境は決して良いものではない。

出張から帰国して、人生で初めて胃腸炎になった。
検査をしてもウイルスや細菌が見つからず、ストレスが原因という診断結果になった。
今の仕事は大好きだけれど、私の心はもう耐えられないと思って、転職を決めた。

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「退職するつもりです」と言い放った時、退職する理由を正直に述べた時、涙が止まらなかった。ボロボロ泣いた。上司の前で、会社のオフィスで、初めて泣いた。
きっと緊張がほどけたからかもしれない。
何が悲しいのか、なぜ泣いているのかも分からなかったけれど。
私の上司は「組織の闇を見つけてしまえるくらい、本当に優秀な人だよね」と褒めてくれた。

「正しい」と思って突き進んできた道が、「いい職場」と思って働いてきた場所が、例えば、誰かにとっては辛い環境であって、努力がお給料や待遇として報われない環境と知ったとき、私の心が耐えられなくなったのだと思う。

この緊張の先にあるものはきっと明るい未来なのだと信じたい。