2021年、夏。
私は自分の家が分からなくなった。
最寄り駅ではない駅で電車を降りて、数分駅をさまよい、自分の最寄り駅を思い出したとき、家を忘れた事が面白くてケラケラ笑っていた。
世の中に起こる全てのことが面白くて笑いが止まらない。体がだるいので、その分元気でいなきゃと思えば思うほど、世の中が面白くなっていく。興奮して寝付けず、2時間睡眠が続いていた。
そんな私に「大丈夫?もう休みなよ」と優しく声をかけてくれた人がいて、私の精神状態が限界を迎えていたことに気づいた。
もう、あのような経験は二度としたくない。
あと一歩のところで破れた「夢への挑戦」。私には自信がないようで
なぜ、私の精神状態が限界を迎えたのか。
私には大きな夢があり、身バレ防止のため具体的には書けないのだが、2021年夏、あと一歩というところまできた。私の夢を知っている人たちから、続々と応援のLINEが届いた。
どうにかして、叶えなくては。みんなの期待に応えなくては。
この「〜しなくてはいけない」という考えが私の心に重くのしかかり、とうとう笑いが止まらなくなってしまったのだ。
一度、私は休むことを決めた。ショッピングモールに出向き、ぼーっとして、パフェを食べた。
そんな私を母親は叱った。
「なんでゆっくりしているの!準備しなさい!」
その時私は、人生で初めて1人暮らしがしたいと思った。
結局、2021年夏の「夢への挑戦」は破れ、精神状態も落ち着いた頃、なぜ自分が夏にあのような状態になってしまったのか分析した。
どうやら、私は自分に自信がない。自信のなさから、プレッシャーを強く感じ、精神が限界突破してしまったようだ。
また夢に挑戦するかどうかは置いといて、自信はつけておきたい。
1人暮らしして、自信をつけたい。母親にそう告げた。怒られた。
「1人暮らししたら汚部屋になるわよ!夢みたいなこと言わないで、今のあんたの部屋を、掃除しなさい!!」
キッチンで皿を洗う母の背中は見慣れた姿だけど、どこか寂しそうで…
ますます1人暮らしがしたくなった。私は離れて暮らす父親に相談し、母親を説得してもらい、母親の気が変わらぬうちに……と不動産屋に行って部屋を契約した。
よっしゃ、2022年は、自立して自信をつけるぞ。
自然と笑みがこぼれた(笑いが止まらなくなるほどではないが)。
「部屋に行って、片付け手伝おうか」と言う母親の申し出を断り、年末年始の休みを使って、少しずつ実家から荷物を運び出した。
仕事始めの前に荷ほどきを終わらせたかったけど、そうもいきそうになかったので、しぶしぶ母親を呼び、片付けを手伝ってもらうことになった。
全く終わってない荷ほどきの様子を見て、小言を言われるかと思ったが、「食器洗うから、本棚に本入れたら?」と優しく言われた。
本を入れながら、ふとキッチンの方を見ると、母親が皿を洗っていた。それは28年間、見慣れた姿だった。
ああ、これからは仕事で疲れて家に帰っても、ご飯出てこないんだよなぁ。
母親の姿を見て、急に寂しくなってしまった。皿を洗っている母親も、いつもより猫背で小さく見えて、寂しそうに見える。
なんだかよく分からないけど、皿を洗ってくれた今日の母親の姿を、ずっと忘れないだろうなと思った。
飲み込んだ「寂しい」の言葉。2022年は自立をして、自信をつけたい
1人暮らしをはじめて2週間がたった。
思った以上に金はかかるし、思った以上に夜は寂しい。
母親も寂しがっており、「あんたがいない分、部屋が寒くて……」なんて電話で言われると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今まで小言を言われてきて、「うるさい」と思っていたけど、去年の夏は部屋にこもっていたから私の状態を知らなかっただろうし、実際私、汚部屋だったしなぁ……。1人、寂しいなぁ。帰りたいなぁ……。
しかし、私が自分で決めたのだ。2022年は、1人暮らしして、自立して、自信をつける。
「寂しい」の言葉を飲み込んだ私は、電話を切った後、皿を洗うためにキッチンへ向かった。