毎年夏になると、ぎゅっと胸が苦しくなる。6年経っても忘れもしない、20歳の熱い夏が蘇る。
6年前の20歳の夏、私は2つの大きな目標を掲げた。1つ目は、フルマラソンに挑戦して、3時間半を切ってゴールすること。2つ目は、部活の仲間と約1200キロ(8日間)の西日本を巡るサイクリングをやり切ること。
そんな20歳の夏休みをワクワクして迎えたのを今でもよく覚えている。
みんなで励まし合って乗り越えた、8日間の熱いチャリ旅
夏休みが始まって約1ヶ月が経った頃、ルートも観光プランもキャンプサイトも全ての準備が整い、朝5時にロードバイクで集合して8日間に及ぶ長旅が始まった。
5人メンバーの1人がテントを背負って、他のメンバーは各々寝袋を持参して、前半戦は大阪の枚方から山口の角島まで。後半はしまなみ海道を渡って四国を回り、香川から神戸はフェリーを利用して枚方に戻るルートだった。
暑い中での急な坂も、ダラダラ続く上り坂も、長くて暗いトンネルも、仲間とチャリを漕いで進む道は、どんなに体力的にも精神的にも過酷であっても、みんなで励まし合って乗り越えられた。そして道中、車や電車の車窓からでは気付かない発見がたくさんあった。一生、何があっても忘れないかけがえのない想い出だ。
もう二度と、あの同じメンバーでチャリ旅が出来ないと思うと……毎年、特に、この夏に、ぎゅっと胸が熱くなる……。
あの夏、8日間の熱いチャリ旅を通して、私とメンバーの一員であったYとの距離は一気に縮まった。その年の10月にあった初フルマラソンも、彼はサプライズで当日ゴール付近で待ってくれていて、最後の2キロ弱、応援している歩道から私と併走してくれた。
おかげで、初のフルマラソンは3時間31分での完走。掲げていた目標の一歩手前だったが、あのやり切った感覚や感動は、今も私のカラダが覚えている。
初めての真剣な付き合い。彼にたくさんの「ありがとう」を
中学のおままごとのような恋以来、“付き合う”という真剣な付き合いは、Yとが初めてだった。
大学に入って一人暮らしが始まり、特に最初の半年は関西という土地柄なのか、人柄に馴染めず独り寂しさに泣いた日もあった。それから部活に属したり、バイトを始めたり、必修科目のクラスメートと打ち解けていく中でも、なかなか“一緒に居て心地の良い人”と出会うのは私にとってそう簡単ではなかった。
人の温もりを、私の想いをいつも最優先して、一緒の時間を大切にしてくれたのは彼だった。クールな雰囲気で何考えているのか謎だけど、実は誰よりも仲間思いで、いつも周囲を優先している彼だった。当時は、「もうこんな素敵な人を逃したら、わたし一生結婚出来ない……」って思うほど、彼は私にはもったいないくらい、とても魅力的な男性だった。
後に別れた原因は全て私にあるが、面と向かって謝罪するチャンスはなく、別れて5年経った今でも彼に届かぬ声を叫び続けている。
「たくさんのありがとう」と「たくさん傷つけてしまって本当にごめんね」と。
私はこの熱い20歳の夏を、“一生に一度の熱い旅”と名付けた。
あの夏はもう二度と戻って来ないけれど、一生、死ぬまで私は忘れないだろう。
どんなに素敵な観光地に行っても、今のパートナーと旅行を続けても、あの夏の、あのメンバーでの、熱い想い出には勝らない。まさに、“一生に一度の旅”なのだ。