「きっとこれが最後のDJになるだろう」

ヒップホップのイベントを明日に控えていた私は、PCの前で立ち尽くしながら、静かにそんなことを思った。

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22歳の時に初めてレコードを買い、そこから自然とDJをするようになった。好きになったジャンルはヒップホップ。その中でも90年代のジャジーヒップホップというものに強く惹かれ、当時アルバイトをしていたmusic barで曲が流れるたび、嬉しそうに反応していた。

「こんな若い子が90年代の曲に反応するなんて、なんだか嬉しいもんだね」

常連のお客さん達は、みんな口を揃えてそう言っていた。その人達が20代だった頃にリリースされ流行った曲が、今もなお語り継がれ、流れ続け、私のような次の世代にもファンを増やし続けている。いつの時代も「カッコいいものはカッコいい」という信念のもと、私は私の好きという気持ちを大切にしながら、音楽への愛を今まで育んできた。

そんな私に訪れようとしていた「DJ最後の日」

最後になる理由はシンプルで、今まで住んだ土地を離れることになったのだ。「引っ越したとしても続ければいいじゃないか」という声も多くあったが、続けていけそうな環境ではないし、私の生活的に厳しいと感じてしまったため、あらかじめ出演が決まっていたイベントを「DJ最後の日」とすることにした。音楽が好きだからこそ、中途半端にDJをやりたくなかった。プレイヤーとして活躍できなくても、音楽愛を誇りにもってリスナーとして楽しんでいこう。そう思ったのだ。

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DJ最後のイベントはヒップホップのMCバトルだった。今年初開催のイベントで、事前エントリーの段階で応募者が多く集まり、始まる前から大盛況が予想されていた。

ゲストには全国で活躍しているとあるアーティスト。バトル参加者だけではなく、ゲストライブを楽しみにくるお客さんも多いだろうと見込まれた。イベントが盛り上がることがわかっている以上、自身の意欲と緊張も右肩上がり。

久々のDJ。それも初めてプレイするクラブ。どんな客層か予想はできても、どんな曲で反応するかは未知の世界だった。流行りものをかければいいわけでもない。他の出演者とのバランス、そして自分の個性を最大限に活かせるDJプレイ。当日の雰囲気を見ながらも、自分の「好き」を詰め込んだプレイにしよう、そう決意して臨んだのだった。

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イベント当日。予想していた通り、オープン前から沢山の人で入口は賑わっていた。クラブの中に入るのも一苦労。人を掻き分けて掻き分けて、やっと出演者の皆さんにご挨拶することができた。事情があって引っ越しをすること、今日が最後のDJになること、そして、自分の好きを存分に出してプレイすることを皆さんに伝えた。それに伴って思い出話や音楽の話に花が咲き、あっという間に私のプレイ時間が訪れた。

バトル後のDJ。フロアには人が多くおり、私の緊張度合いを更に引き上げる。DJブースに入り、フロアを見渡す。大きく息を吸い込み、レコードに針を落とそうと手元を見た。手が震えている。まるで初めてDJした日のようだ、と思い出し、1人で小さく笑ってしまった。

ヘッドホンを耳に当て、曲をかける準備をする。さぁ、ここからは私の時間。いかに個性を出しながらもみんなを楽しませられるか。私だからできること。私にしかできないこと。その全てを出し切った時間だった。

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好きなアーティスト、好きな曲。ありがたいことに、フロアにいた方達の心にヒットしたらしく、プレイしていてとても楽しいひとときとなった。あっという間に過ぎてしまった時間。やり切ったという達成感を胸に、私はDJブースを出た。

音楽を通して繋がった人や曲は数えきれないほどあり、それは今でも私に幸せをもたらしてくれている。緊張した最後のDJは、私に音楽への愛を再認識させてくれた。音を繋ぎ、音と繋がることができた素晴らしき日々に、感謝と愛を込めて。