「お好きなお席にどうぞ〜」
「あ、はい」

会釈をし、恐る恐る一人がけの席へと腰を下ろす。
待っていたら店員さんは聞きに来てくれるのかな。
それとも先払いでレジに注文しに行くのかな。

誰も私を見ていない。

しかし無数の目がこちらに視線を向けているように感じる。
手と脇にはびっしょりと汗をかく。

初めてのカフェに一人で足を運ぶ、そんな何気ない日常が私の緊張の瞬間だ。

◎          ◎

部活の大会の決勝戦、就職活動の最終面接、国家試験のための審査。
人生のターニングポイントとなる瞬間をいくつも過ごしてきた。

全く緊張しないというわけではないが、むしろ高揚感の方が大きく、纏わりつくピリついた空気さえも味方につけ、パワーに変えてきたように思う。 

初めて行くカフェと就職活動の最終面接。

どちらの方が緊張するかと問われれば、大多数の方が後者を選ぶだろう。
規模感の違いはもちろん、今後の人生を決める重要な局面かどうかという違いもある。
しかし私の場合は前者の方が緊張してしまう。

そこには、緊張する瞬間の場面に向き合うまでの過程の違いがあるように思う。

◎          ◎

大きな選択の前。上記に挙げた部活の大事な試合や就職活動、受験等、 自分の人生を大きく左右するイベントごとの前には、大抵準備をする。
私も例に漏れず、イベントごとのほとんどにおいて最善を尽くしてきた。

そうすると、自ずとここまでやってきたのだから大丈夫、もし結果が振るわなくてもそれは仕方がない。ある種の悟りの領域に達してしまう。

私にとって緊張というのは、自分の中にある不安感が表に出ること。
過程でやりきっているのであれば、緊張は極端に少なくなっていく傾向にあるのだ。

◎          ◎

では、一人で新しいカフェに赴くというのはどちらに当てはまるのか。

もちろん、インターネットやSNSであらかじめ情報収集はするものの、詳細に掲載されている状況というのは極端に少ない。
行ってみて初めてメニューを見たり、その店での振る舞い方がわかったりする。

私の緊張する定義でいうと、カフェに入店する緊張が大きいのは改めていうまでもない。
緊張して、新参者だと思われていないかビクビクしながら過ごす1回目。
正直1回目はどんな飲み物や食べ物を頼んでもあまり味がしない。

しかし時間が経つにつれて、少しずつ緊張が和らいでいくお店も中にはある。
そんなお店には、また足を運ぶ。
1回目の知識を手にし、私はこのお店に詳しいのよ、と言わんばかりの笑みで扉を開ける。

「美味しい〜」
2回目の飲み物は1回目の分が合算されているのか、大概少し甘く感じるのだ。

◎          ◎

こうして汗をかきながら新規の店を開拓し、どんどん自分のテリトリーにすること。
もちろん初めの緊張はいつまで経っても慣れないが、馴染みの人が増え、美味しい飲み物や食事ができるお店が増えることへの喜びには代えられない。

ずっと同じお店に通ってもいいのだが、いつだって新鮮で懐かしい気持ちで私のお気に入りたちと関わっていきたいから、今後も汗かき開拓は止まらない。

一つの世界にどんなに詳しくなっても、視線をずらすとたくさんの世界が広がっている。
停滞や安寧も良いが、どうせ一度しかない人生だ。
それならたくさんの世界に触れてみたいものだ。

今生きているその世界が1番素晴らしいものに思えるかもしれないし、新しい世界がもっと居心地がいいのかもしれない。
知ることで初めて比較もできる。

未知へ飛び込む緊張に大きさはない。
その一歩が大事なのだと、私は今日も汗をかきながら新たな世界を開拓する。