あまりの不安に耐えられずに、妊娠検査薬を手に持って、自分のデスクからトイレの個室に駆け込んだ。職場で妊娠検査薬を使う人なんているのだろうか。
生理予定日から1週間過ぎた。それでも「女の子デー」はやってきてくれない。
生理がこれほど遅れるのは人生で初めてだった。
頭の中をよぎるのは「妊娠」の2文字。
職場の近くにあるドラッグストアに駆け込み、どこの売り場に置いてあるのか、何円なのかさえ知らない妊娠検査薬を探し、店内を3周してやっと見つけて、買った。

パートナーにこの不安について打ち明けたところで、彼も私も何もできない。
ただ不安や怖さを共有するだけで、雰囲気が悪くなってしまうことが嫌だから、生理が遅れていることをいつ、どうやって、彼に言おうか考えていた。
本当はそんな心の余裕はなかったけれど、あまり深刻なことだと思ってほしくなかった私は、「生理、1週間も遅れてる(笑)」と彼にLINEを送った。
あえて(笑)をつけた。1週間遅れても大したことないと思っているかのように。

「え」とすぐに返事が来て、「もしかして……」という話になった。

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ネット上の様々な情報を読み漁り、私は中絶ができる病院さえ調べていた。
妊娠ではなく、ストレスなどで生理が遅れている可能性もある。
生理予定日から1週間を過ぎても、赤い血が出てこないことは私にとって恐怖だった。毎晩、ネットで他の女性の経験談を探しては、不安になったり、「いや、妊娠なはずない」と自分を落ち着かせたり、よく眠れない日々だった。

妊娠検査薬だって初めて使った。
妊娠検査薬にもいくつかの種類があるとは思うけれど、どれも尿で検査する。
検査薬のスティックには2つの窓があり、一方は妊娠反応を、他方は検査終了を示す。検査終了を示す窓に、1本線が現れたら、検査終了。その時に、妊娠反応を示す窓にも1本線が現れたら陽性反応、つまり妊娠。
スティック先端が尿を吸収した後、次第に検査終了を示す線が浮き上がってくるのをじっと見つめながら、私は必死に「どうかもう1本の線は出てこないで」と願う日々だった。
「今日は妊娠検査薬陰性だったけれど、もしかしたら明日は陽性かもしれない」
そう考え始めると、きりがなかった。

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そんな私をパートナーは心配していた。
「怖い思いをさせてごめん」とずっと謝っていた。
だけれど、彼は理解できなかった。なぜ私がこれほどまでに「妊娠」を怖がるのか。

私たち2人は愛し合っているのに、私が、生理が来ないことを不安がる姿は、まるで「あなたの子供、産めない。育てられない」と伝えているかのようだったと、後になって彼が教えてくれた。
住宅街のカウンター席のある寿司屋に入り、仕事もできて優しい女上司のような常連客から、「ここ初めて?若い頃はカウンターのお寿司って緊張するよね~わかるよ~。ご夫婦かな?」と話しかけてもらえるくらい、きっと私たちは夫婦のような雰囲気を醸し出しているカップルなのだと思う。

人生は、私の思い通りにはいかないけれど、なるべくコントロールしたいと思ってしまう。
私は、来年春に転職する予定で、新たな世界にわくわくしていた。
そんな時に、「もしかして妊娠⁉」という思いがけないニュースがやってきて、私は即座に「せっかく心がウキウキするような仕事にこれから飛び込むのに、半年後に産休に入ってしまうなんて、私のキャリアどこにいっちゃうの!」と思った。
パートナーである彼の子供を「産みたくない、育てたくない」という気持ちではない。
ただ、「今は違う」という気持ちだった。
結局、2週間遅れで生理がやってきて、妊娠はしていなかった。

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「生理きた」とLINEで報告したときの、彼の「よかった」という返事の真意はわからない。ほしいものを私が願ったタイミングで授けてほしいと思うばかりで人生思うようにいかないのだ。

生理が遅れていたとき、「来年結婚しよう。妊娠していなくても」と言われて、私はYESともNOとも答えられなかった。
彼のことは愛している。だけれど、今結婚しないといけない理由も見つからない。

「いつかは結婚する気がするけど...…」という私の気持ちを察した彼は「いずれ結婚する、って思っているなら、今したらいい」と言った。
そして、結婚する前にブライダルチェックを受けようと。
まさか男性の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
彼いわく「今お互いものすごく子供がほしいわけじゃない。だから、今のうちに検査を受ければ、もしどちらかに不妊の原因があっても、子供がほしいわけじゃないから、開き直って2人の生活を楽しめるじゃん」と。

子供がほしいけれど、妊娠できないという悩みを抱える前に、手を打つのは名案だと思った。そして、できちゃった婚が嫌な私は、妊娠する前に結婚してしまえばいいのかと、気付いてしまった。

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「結婚しよう」と言われても、全くときめかなかった私も、結婚する理由を見つけてしまった。「結婚」という形にこだわらなくても、2人で幸せに暮らすことができる時代で、「結婚」はまるで、どちらか片方に苗字を変えさせる制度のように感じていた。
それでも「妊娠」を理由に、生まれてくる子どもへの責任をとるかのような結婚はしたくない。

愛する人がいて、「愛」を理由に結婚がしたいのであれば、「この人のことを愛しているんだ」と気づいたときに、結婚した方がいいのかもしれない。