私は、自分じゃない自分が嫌いだった。

私は小さい頃、いわゆる男の子っぽいものが好きだった。
仮面ライダーや戦隊モノを見ていたし、青が好き。半袖半ズボンに野球帽を被っていた。一人称も僕だった。別に女の子っぽくすることが嫌だった訳でもなかったと思う。私が好きなものが世間では「男の子っぽい」と言われていただけだ。男の子と野球をして、遊戯王をする毎日。
しかし、身体の変化が起こる小学校高学年頃から、運動神経が良かった私ですら男の子と対等にスポーツができなくなり、徐々に女の子と遊ぶようになった。

好きでもないものを好きだと言って作り上げた”普通”。私はそんな私のことが嫌いだった

女の子の方が大人になるのが少し早い。この時期の女の子は多感で、人を評価するようになる。私は無意識のうちに好かれる努力をするようになっていた。好かれる努力とは、媚びへつらうことではなく、浮かないように、目立たないように、“普通”にすることだった。

好きで被っていたジャイアンツの野球帽をやめ、女の子がよく着るブランドで服を買うようになった。男性芸能人なんてまったく興味がなかったけれど、聞かれた時用の答えを用意した。

苦痛だったのは、恋バナだ。今はしっかり自覚があるが、私はバイセクシャルだ。当時、私は男の子を好きになったことがなかった。女の子の方が気になることが多かった。でも、好きな男の子がいないと恋バナに入っていけない。なんとなく良いかもしれないと思う男の子を無理矢理考え、聞かれた時はその子の名前を挙げていた。

客観的に見れば、私は誰とでもそつなく仲良くしていた中立派の人間だったと思う。ただそれは、誰からも嫌われたくないという想いから、好きでもないものを好きだと言って作り上げた自分じゃない自分の功績だった。大きなトラブルにも巻き込まれず、周りには好かれていた方だったが、私はそんな私のことが嫌いだった。

女性アイドルのコミュニティを通して、自分の好きを貫く素敵な人たちに出会った

そんな振る舞い方が身についたまま20歳を迎えた。
私は高校の頃から女性アイドルが好きで推しがいた。しかし、周りに女性アイドルを好きな女の子がいなかったこと、推しが世間から賛否のあるタイプであったこともあり、なんとなく隠したままだった。

学校という閉鎖的なコミュニティから抜け出したくて、SNSで趣味アカウントを始めた。何人かとは握手会やライブで会うようになり、推しのイベント以外でも遊びに行くようになった。
彼女彼らはどんなことでも自分の好きを貫いていた。推しだけではなく、自分が好きなもの、好きな人、セクシュアリティに対して素直だった。自分に誠実で、なによりもそれが彼らの中で“普通”のことだった。そんな素敵な人たちに囲まれているうちに、私は自分の好きなものをちゃんと好きだと言おうと思えた。

私は今、好きな服を着て自分の好きを堂々と伝えている。そんな自分が大好きだ

素敵な出会いから5年が経ち、私は社会人になった。今では好きな服を着て、好きな人に愛を伝え、好きなものを応援している。自分の好きを堂々と伝えている。自分の中の「好き」に誠実なることで、自分のことも好きになれた。

少し昔は、「自分大好き」という言葉はやや馬鹿にした意味で使われていた。でも、自分を好きでいることは何も恥じることではない。自分のことが好きだから、自分を大切にしてくれる周りの人を好きになれる。自分がいいなと思ったものを愛おしく思える。

私は、そんな今の自分が大好きだ。