中学3年生の時。私は、いわゆる「陽キャ」で女子校のムードメーカー的な存在だったかもしれないが、人前で話すのは本当に苦手だった。ところが、中3の進路面談の時に、担任の先生から「石川さん、高校生になったら、生徒会でもやったら?」といわれ、柄でもない、生徒会というものに初めて立候補した。

学級委員や、その下の学習活動のグループリーダーすら、これまでやったことがない。たしかに、ストレングスファインダーでも「指令性」というのは上位にあがってくるものの、それまでの私は、生徒会や学級委員などは、どちらかというと地頭がよくて、ロジ進行や進捗管理がしっかりできた、人に指示が出せる「真面目な人」がやるものだと思っていた。

私はどちらかというと、芸術肌のクリエイター気質だったので、「計画立てて人を動かす」というようなことには不向きだし、同時に周りを振り回したくないともどこかで思っていた。

そのため、ムードメーカーだったかもしれないが、いわゆる「所属」や「役職」とは無縁だった。ところが、卒業時に幸か不幸か担任にそう言われてしまったので、絶賛素直で「いいヤツ」だった私は、「はい!春になったら立候補します」といって話を終えてしまった。

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4月になって、そのまま高校にあがると、すぐ生徒会選挙があった。廊下に模造紙が敷かれ、各委員の立候補者の名前がかかれる。自分が立候補したのは、「風紀委員」だった。なぜかといわれると、風紀委員だけ毎年立候補者が定員定数で、いちばん低倍率だったからだ。たしかに、人気なのは文化祭実行委員で、ダンス部など、いわゆる学年でも華やかな人たちが複数立候補している。

そう思ったのち、風紀委員を見てみると———。なんと、2名枠に対し、自分を含め、5名も立候補しているではないか……!「もう、どうしよう」と、頭が真っ白になった。しかも、そのうち1人は去年も風紀委員をやっていた友人、残りはダンス部で人気者だし、これまで学級委員などやってきた人たちだ…。

「いやぁ、これは負けたわ……。」と頭を抱えながら帰宅したのを覚えている。

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その2週間後の水曜日、いよいよ生徒会選挙があった。選挙は、学年集団の前で、1人1人、演説をして選挙公約や意気込みを語る。トップバッターから2番目が自分の番だ。次の番だ、と思った時は、自分でも心臓の鼓動が聴こえるくらい緊張していて、赤面もひとしおだ。

「……私は風紀委員になるまで死ねないと思っています。なぜなら、制服の改定をしたいからです……」
皆の前で、そそくさ、こう一言言い終えると、拍手の中猛ダッシュで自席に戻り、「恥ずかしかった…泣きそう。」と隣の席の子にいって、机の上でうつ伏せになった。

選挙が終わり、クラスに戻る際、「泣いてたでしょ?笑」と友人にいじられ、「ほんとに緊張したんだ…」とうずくまりたくなったのを覚えている。

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翌日、選挙結果が模造紙に発表された。なんと、あの自分が、2位当選していた!票数をみると、継続立候補した友人に次いで自分が2位の座を獲得していた。

「え?これ、間違いじゃないのかな…??ほんとに私…??」と驚愕したのを覚えている。友人から「おめでとう」という声で、これが現実だというのがわかった。

そんなこんなで、柄でもない私が、高1の春から風紀委員を努めることになった。人生って、ほんとうに何があるかわからない。やってみないとわからない。いつからでも自分は変えられる——————。それが運でも実力でもよし。

これを機に、事前に難しく考えないで「まずはやってみよう」という気になった気がする。後にするどん底の経験も、このような運で手にした機会も、どちらも人生の一つのピースだよなと30歳を手前にそう噛み締めている。