2年ほど前に味わった最高の朝食の味が、今でも忘れられない。
はじめに言っておくと、この「最高」というのは、
「初めての彼氏と迎えた初めての朝に、不器用なりに用意してくれたごはん」
とか、
「引越し当日、1人暮らしを始める私に母が作ってくれた最後の朝ごはん」
とか、そういう方向性の最高さではない。
シンプルに、金がかかっているが故に最高に美味しい朝ごはんの話である。
◎ ◎
大学4年の3月、就職を間近に控えていた私は、卒業旅行に行った。行き先は函館だ。
今も当時も、私は札幌に住んでいる。大学生の卒業旅行の行き先としてはだいぶ手近だが、そのときはようやくコロナ禍が落ち着き始めたくらいの頃で、様子を見つつ直前に予約したのだった。
宿は私が予約したのだけれど、探しているときに思い出したのは、少し前に見たテレビ番組の内容だった。
その番組では、函館のホテルでは朝食バイキングが盛んだということと、市内の3つのホテルのバイキングの内容を紹介していた。函館ということで、どのホテルでもいくらを始めとした海産物が充実している。それでいて、プリンやオムレツなど、各ホテルの特色あるメニューも揃っていた。テレビ画面に映るそれらの料理は、キラキラと輝いてみえた。その時の記憶が、ふと蘇ったのだ。
「函館 朝食 番組名」で検索すると、そのとき紹介されていたホテルが出てきた。番組のなかで私が1番惹かれたホテルのページを見てみると、1人1泊朝食込みで5000円だった。思ったよりもだいぶ安くて、驚いた。
このときはまだ渡航制限などが緩和されておらず、旅行客が少なかったせいだと思う。しかも、宿泊日とその翌日中に使える2000円分のクーポンも付くとのことだった。
これはもう、ここに決めるしかない。そう思い、すぐに予約した。
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そして訪れた、旅行当日。
1泊2日で、道内旅行にしてもタイトな日程だったため、前日から深夜バスに乗り、朝6時に到着した。湯の川で温泉に浸かるサルを見て、ドレスを着た他のお客さんたちを横目に公会堂を眺めて、ラッキーピエロで海を見ながらデカめのオムライスを食べた。
早朝から動いていたから、チェックインできる時間には、もう結構疲れ果てていた。へとへとで辿り着いた部屋は、それはもう、綺麗だった。立派なつくりの和洋室で、大きな窓からは函館山を一望できた。地味に嬉しかったのは、コーヒー豆とそれを挽くためのミルが置かれていたこと。
これまで私があまり訪れたことがない、「特別感」を演出しようという気概を感じるホテルだった。
私たちは部屋のあれこれをしきりに褒め称えた後、一眠りし、函館山に登りに出かけた。
もらったクーポンを使うため、帰りに居酒屋に寄った。今思えば、これが間違いだった。
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翌朝、8時台にバイキング会場に向かうと、すでに長蛇の列ができていた。6時くらいからオープンしていたはずなので、満席の状態で、それだけの列になっていたのだ。
私たちの前には、4、5歳くらいの男の子とその妹と思わしき女の子を連れた夫婦が並んでいた。その少年が、お母さんに「前に来たときはさー」と話しているのが聞こえた。
……前? 前、来たのか? まだ4、5年ほどしか生きていないと思われる少年が、少なくとも1回は、すでに来ている……? この素敵な宿に……?
嫉妬と混乱にさいなまれつつ、しばらく並んでいると、順番が来た。
以前画面越しに見たキラキラの食材たちが、並んでいた。
海鮮は当然、美味しかった。食べ放題らしからぬ新鮮さに、感動した。大穴だったのは、オムレツだった。普段食べているオムレツとは、全くの別物なのだ。家で食べるものと違うのは当然だが、お店で食べるものよりも一段階上の味わいだった。
本当に最高の朝食だったのだが、後悔していることがある。
それは、最大限胃袋を空けておかなかったことだ。この朝食バイキングを存分に楽しむためには、前日に居酒屋など行くべきではなかった。海鮮丼も2杯しか食べられなかったし、オムレツも2皿に留めてしまった。普段から大食いの私としては、かなりの失態である。
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いつか、いつかリベンジしたい。海外からの旅行客などが復活してしまった今、元の価格に戻ってしまって、気軽には行けなくなってしまった。
でも、2回目、行きたいなぁ。あの少年のように。