暗いニュースが苦手だ。

苦手じゃない人なんてあまりいないだろうけれど、そのなかでも苦手な方だと思う。しっかり受け止めなくてはならないと分かりつつも、食らってしまって、気分が沈む。

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例えば、介護を発端とした事件の報道。老老介護の末、疲れきった介護者が被介護者を殺めてしまう、というような内容を、たまに目にする。

私はまだ、誰かの介護をしたことはない。母方の祖父は、私が3歳のときに亡くなった。父方の祖父は今年息を引き取ったが、遠方に住んでいたため、私が介護するような状況ではなかった。祖母は2人ともまだ元気だ。父母に関しても同様である。

だから、このような報道に胸を痛めること自体、傲慢であるようにも感じる。当人たちの苦しみから遠いところで過ごしているくせに、たまたまニュースを目にしたときだけ反応してしまうのは、なんだか図々しい。このような状況を打開するための行動や発想を起こせるなら話は別だが、私にはそのような能力は無いのである。そのため、この気持ちは極力口に出さないようにしようと心がけている。

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ヤングケアラー関連の話題も、苦手だ。自分よりも若い人達が、介護や兄弟の世話に追われ、消費される。こちらも自分とは縁遠い状況であるが故に、より苦しく感じてしまう。私のようなテキトーな人間がフワフワと生きている一方で、もしかしたら私よりもよっぽど優秀かもしれない子達が、理不尽とも言える負担をかけられている。私の寿命をあげるからその時間で好きなことを思う存分やってくれ、なんて思うけれど、実際にはそんなことは出来ない。自分の無力さを体感する。

あとは、戦争関連の話題も苦しくなる。ニュースに限らず、戦争ものの映画なども、見ることが出来ない。しんど過ぎて、受け止められない。

毎年、お盆の時期は気分が暗くなる。終戦記念日が近く、メディアがその関連の特集を組むからだ。

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私は、出勤には地下鉄を使っている。会社に1番近い地下からの出口があるのだけれど、その付近の壁面でも、毎年パネル展が開かれる。戦時中の様子や、原子爆弾の被害にあった方の当時の写真が展示されるのだ。この時期は、ここ以外のルートから出社するか、パネルが貼ってあるのと逆の壁面を凝視しながら歩いてやり過ごしている。

このような展示や特集が、戦争の悲惨さを後世に語り継ぐためのものだということは、分かっている。暗い歴史を繰り返さないために、必要なことなのだ。理解はしているが、やはり受け止めきれない。

戦争に関してはなんとも言えないが、介護については、いずれ自分自身にも降り掛かってくる問題だと思う。

施設の世話になりたいか。
自宅で最期を迎えたいのか。
延命治療を望むのか。

これらの確認は、まだ両親には出来ていない。2人とも現在50代で、基本的に健康な人達だ。現時点で聞く雰囲気ではないと感じているが、「確認しておけば良かった」と思う日が突然来ないとも限らない。目を逸らしてばかりいないで、現実的に考えられるようにならなくてはいけないな、と思っている。