「なんしょん」

たった5文字の少し乱暴な言葉。
LINEのトーク画面を開いた時、一番上に現れるのは意中の彼のアイコン。

それを見た瞬間、心臓の鼓動は速くなり、そしてまるで体の中のすべてのものがなくなったかのようにふわふわした感覚になる。

◎          ◎

お風呂から上がったら、連絡が来ている気がする。
今日は休み前だから、連絡が来ている気がする。

もしかしたら彼も今、私のことを考えてくれている気がする。

そんな直感は他人はおろか、自分自身にだって否定は出来ない。

好きになってはいけない人。
恋に落ちてはいけない人。
そんなことは分かっているのに、私は私の想いを止められなくなる。

彼と初めて知り合ったのは去年の夏。
その時は別に何とも思っていなかった。

華やかな経歴や彼の人柄に純粋に興味を持ち、彼のことをもっと知りたいと思ったのが距離が縮まる最初のきっかけだった。

◎          ◎

既婚者だってことは知っていたし、深い関係になりたいなんて望んではいなかった。

ただ向こうがその時どう思っていたのかは分からない。
彼も同じように自分のことを気にしてくれていたらいいな、なんて思うのは少し傲慢だろうか。

それから約1年半。
会ったり会わなかったりを繰り返しながら、次第に彼のことが頭から離れなくなっていった。

このままではまずい、そう直感した。

彼が既婚者じゃなければ、私がもっとはっきり断ることが出来ていれば。
何度そう思ったことだろう。

そのうち、彼から「会おう」と連絡が来ることを待っている私がいた。
後戻りできなくなる前に、早く諦めなければ……。

ある日、思い切って聞いてみた。
「私のこと、どう思っているの?」

困らせる質問だってことは、十分に分かっていた。
彼の答えは予想通りあいまいだった。
「自分の時間を削って会っているし、少なくとも嫌いではないよ」と。

◎          ◎

はっきり好きと言ってくれない彼が、そしてそれ以上何も言えなかった私が、二人の微妙な関係性を悲しいほどに表していた。

このまま彼に恋していても、きっと幸せにはなれない。

私の中の直感が、何度も呼び掛けてくる。

深夜の飲食店で何気なく交わした会話や、ふと見せる彼の笑った顔。
車を運転する姿や、自信に満ちた彼の大きな声。

何もかもすべてが、淡い思い出となって私の心を揺さぶってくる。

彼とはこの先を望まないから、今の間だけでも些細な幸せを感じていたい……。

それが幾度となく降り注ぐ直感への私が出した答えだった。

しかし不思議と時が経てば気持ちも薄れていくようで、最近私は忙しくなり彼へあまり期待をしなくなっていた。

◎          ◎

ただ気持ちが完全に冷めたわけではない。
まだ決まった曜日に連絡が来る予感はしていた。

そしてその直感は大体的中した。

私からはあまり連絡をしなくなったので、彼からそれを指摘されることがよくある。
むしろ積極的に会いたいと思っているのは、ほとんど彼の方のように思えた。

早くこの関係に終止符を打たなければいけないのに、まだ少し残る好きの気持ちが邪魔をする。

このままずるずると続いていくような気もする。

そう思っていても、私は私の想いを止めることはできそうにない。

今日は休み前だから、きっと連絡が来るだろうな……。

そんな直感が、何度も私の心を揺さぶって止まらないだろう。