かれこれ10年ほど財布の中に入っているものがある。

それは、進学を機に一人暮らしを始める際、母がくれた手紙。

それから今日までの10年という間、入学、卒業、就職、退職……といろいろなことがあり、財布も数回変わった(財布は節目と関係ない)。

しかし、この手紙はお金やカードと一緒に必ず新しい財布にお引越しさせ、さらに1番失くさないようなスペースをあてがっている。なんならお金よりも厳重かもしれない。

紙はA4ノートで、端は手で破いたことが窺えるびりびり加減。ちなみに普段の母は可愛い便箋を使い、さらに言うと毎回違ったデザインであることがほとんどだ。

なぜ節目の手紙がこざっぱりとしたノートなのか。最初は疑問に思ったが、しかし、私にはその理由が読んですぐにわかった。
それは、まだ住居環境が整いきっていない私の新居で書かれたからである。

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その日、引越しの手伝いも兼ねて数日間来てくれていた母が帰ることとなっていた。それも私が大学に行っている間に……。

母は私を玄関先で見送った後、1人になった空間でノートを1枚破り、そのへんに辛うじてあった水性ペン(青)を使って書いたのだろう。追伸の「掃除機はクローゼットに入れておいたよ」が何よりの証拠だ。今までもらった手紙のなかで、こんなにも書いているときの状況が想像できるものはないかもしれない。

手紙を書いてくれるなんて思っていない私は、「帰ったらもう1人なんだ……」と18歳として大丈夫なのかというくらい寂しい気持ちでいっぱいになりながら帰路についた。

世の中には一人暮らしヒャッハー!というタイプの人もいるかと思うが、対して私は「地元にこの大学があればよかったのに……」と数年にわたって思っていたくらい乗り気でなかったのだ。

重い足取りでアパートに辿り着き、エレベーターに乗り、持ち慣れない鍵をドアに差し込む。誰かがいる空気感も「おかえり」という声もない部屋に絶望感を覚えながら部屋に入ると、机の上に件の手紙が置いてあった。

戸締りはしっかりね、といった基本的なことが綴られるなか、「 大丈夫、何とかなるよ」「何かあったら、いや、何も無くても連絡してね」「 困ったらいつでも行くから」とも。そんな言葉を見て、帰宅した時点で泣きそうだった私が号泣しないわけがなかった。

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正直、この手紙を何度も読み返すことはない。

そのため本当に「お守り」のような存在になっていたのだが、これを書くにあたって久しぶりにその封印を解いてみた(といっても封筒などには入っていないからただ開くだけなのだけど)。 

一人暮らしのときにもらったものだから今と状況も違うしなあ……と思いながら文字を追っていく。普段のしゃべりかたとは少し違う、ややかしこまったような口調や、久々に見る手書きの字に気恥ずかしさを覚えつつ一読。そして再度読み直す頃には視界が若干滲んできた。まだこの手紙で泣けるとは……。

しかし考えてみれば、状況が変わっても悩みの一つや二つはあるし、何かしらの不安を抱えて生きている。さすがに掃除機の置き場所についてはグッとこなかったが(当時はそれですらきていた説もある)、過去の私に向けてくれた励ましの言葉は今の私にも刺さるものだった。

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もらった直後はこれから始まる新生活に立ち向かう勇気になり、それ以降は携帯しているだけで安心するお守りになり、そしてたまに読み返せばその時々の私に寄り添ってくれる。

書いた本人は「今も持ち歩いているなんて(というか、そもそも持ち歩いていたなんて)」と思うかもしれないが、私はこれからも財布に入れ続けるだろう。

財布を選ぶ条件として、そこに入れれば絶対に失くさないポケットがあるは外せないな……。