年末だ年始だといった区切りはあまり意識しないようにしている。
それは、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと焦燥感に駆られてしまうのを防ぐため。あるいは自分の意図しないイレギュラーが苦手なので、その影響を必要以上に受けないようにするためというのもある。
改まって宣言することも長らく思い浮かばなかったのだけど、2024年は2023年12月31日の翌日以降に過ぎないと思い込もうとしていたのも理由の1つかもしれない(そうなのか?)。

しかし、2023年ももうすぐ終わるという頃になって「これだ!」というのが見つかった。
それは毎日「朝の読書」時間を設けるということである。

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2023年は以前から続けていたnoteに加え、かがみよかがみへの投稿を本格的に始めたりライターとしての仕事をスタートさせたりと、文章を書く機会が飛躍的に増えた。
そのなかで感じたのは、論理的思考力と語彙力と表現力のなさ。全部じゃねーか、という感じだが、様々な系統の記事を書いたり他の人の文章を読む機会が増えたりしたことで、自分の足りない部分がどんどん浮き彫りになったのだ。

原因の1つとして、インプットの少なさがある。本を読もう、趣味は読書と言えるようになりたい、と思い続けた2023年だったが、蓋を開けばムラがありすぎる1年だった。
興味があるテーマや作家さんの本なら何時間でも苦にならないし、4日くらいで単行本3冊を読破したときもあった。しかし少しでも興味を持てないと手にすらしない。
さらに興味の幅が恐ろしいほどに狭い。エッセイは割と読めるものの、それ以外になると「気になる」「読めそう」と思うハードルがグンと上がるのだ。
さらに本の文字を追うのが辛い時期もあったりなんかして、読むときはめちゃくちゃ読むけどそれ以外はさっぱり、という結果に終わってしまった。

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本を思うように読めない劣等感を抱きつつ、その一方で気が向くのをただ待っている自分もいた。しかしやっと、本格的に変えていかないとヤバいという実感を抱くようになる。少しずつ影響を与えてくれた人や物事はたくさんある。しかし直接的なものとしては、とあるYouTuberさんだった。

その方は主婦を名乗りつつ大食い動画をアップされている。顔や声は出さず文章でしゃべる形式をとっているのだが、何本も見ていくうちにその文章力の高さに恐れ入ってしまった。最初はたくさん食べる姿を励みにしようとしていただけだったのに……。
Twitterのようなノリだったかと思えば哲学的なことを話したり。太宰や老子の言葉・思想を引用して話題を展開させていったり……。
哲学や文学の話はともすれば小難しくなったり気取っている風になったりしがちだが、この方の場合そうはならない。浅瀬と深海が滑らかに続いていて、行き来自由なのだ。

彼女は学生時代に本をたくさん読んでいたと仰っていた。やはり引き出しが多い人は趣味と蓄積が違うのね……と打ちのめされる。読書家で博識な人はこれまで何人も見てきたが、同じ「主婦」であることに一種の焦りを覚えたのかもしれない。

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彼女の存在によって「読書をすると文章に深みが出る」ということを痛感させられた。その日はヤバいと思ってサガンを1冊一気読みしてみたものの、結局翌日からは元通り。しかし、もはやこんなことを繰り返している場合ではない。
本を読もうという気力が続かないのであれば、無意識の習慣にしてしまえばいい。そして気持ちの状態に左右されて挫折しないよう、毎朝15分くらいに設定すれば……。そうだ、これって小中学生時代の懐かしき「朝の読書」ではないか。

15分という短い時間なら苦手なジャンルでもなんとかなる。目がすべりまくって1ページしか読めなくても15分格闘したならOK。これが続くと「これ、意味あるんか……?」と不安になってしまいそうな気もするが、1回も本を開かないよりはマシだという気持ちを強く持ち続けたい。
ただ1ヶ月もそんな調子だったらさすがに本を変えたほうがいいんだろうか。中学生時代、何を思ったのかペーパーックを読みだして見事に挫折したことがあるが、明らかに合っていないものは潔く撤退するのも大切なのかもしれない。

幸い、夫があり得ないくらい本を所持している。それを借りれば数年は読むものに困らないだろう。
スタートは区切りよく1月1日から。年末年始を意識したくないと言いながら、こういうときは利用してしまう私なのだった。