公共施設で勤務しているのだが、先日、休憩室からフロアに出るときにマナーモードにしたスマホをポケットに入れたまま行こうとしたところ、「フロアには持っていかないでください」と注意された。

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2024年1月1日16時10分頃、サッカー中継を流していたNHKから緊急地震速報の音がした。私の目の前にはパソコンにイヤホンを差してゲームをしている祖父がいて、祖母はトイレに行っていた。私は祖父に「地震!」と叫びながらテレビを指さした。震度7の揺れは、やがて私たちのいる神奈川県にまでその余波を届けた。

まず真っ先にXを開いた。さっきまで声優の結婚で溢れていたトレンドが、一瞬にして「地震」というワードに支配されていた。

それからどれだけの間、私たちはテレビとスマホに釘付けになっていただろう。東日本大震災以来の大津波警報が出るのを、アナウンサーが叫びながら「逃げてください!」と伝えるのを、その後ろの報道フロアの騒々しさを、中継先の石川県沖の波が高くなっていくのを。カメラは頻繁に揺れている。正月特番は次々と潰れていく。

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優に1時間はテレビの前から動けなかった。そうしてハッとした私は、ようやく自身のXアカウントで随分前にログアウトしたアカウントにログインした。もうずっと使っていないアカウントだったけれど、フォロワーは1500人ほどいる。私の知名度が一番あるのはここだ。だから何か力になれればと、現状とすべきことをまとめてツイートした。

地震発生からのXは、現地の人から救急隊に電話が繋がらないからと「◯◯にいる、助けて」という助けと、現地から離れている人の避難した際のライフハックや要らない陰謀論が渦巻いている。そして、そんな日本のリアルタイムをスマホ一枚を介して覗き見している私。

今この瞬間、スマホを触っていない日本人はどれだけいるだろう。推し(芸能人)も地震関連のことをつぶやいているし、祖父母も知り合いと連絡を取っている。安全確認をするのも、生きる術を知るのも、すべてスマホからだ。翌日の1月2日10時頃に津波警報が解除されたのだって、私はスマホのネットニュースで知った。

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人は命の危険にさらされたとき、まず真っ先にスマホを見るのかもしれないと思った。たまたまつけていたテレビから緊急地震速報が流れたから知ることができたものの、テレビをつけていなければ、私はそのとき見ていたtiktokを閉じて早めにお風呂に入っていただろう。北陸地方が揺れているのも知らないで、呑気に鼻歌を歌いながらシャワーを浴びて、正月を終えた。もしかしたら地震の余波がここにまで届いて緊迫状態に陥っていたかもしれないのに、そんなことさえ気づかないで。

スマホは一生手放せないと確信した。 仕事中に大地震が起こったら、休憩室までスマホを取りに戻らなくてはならない。自然災害は、そんな猶予を果たして与えてくれるだろうか。

自然災害でなくとも、もし利用者が目の前で倒れたら?不審者がいたら?事務室とカウンターと休憩室にしかない備え付けの電話まで行けというのか。手元にスマホがあれば、と一分一秒を後悔するのが目に見えているのに。

私は職場のルールを無視してでも、マナーモードにしたスマホを持ち歩くつもりだ。もし見つかって怒られてもいい。これは私の中での正義である。