今年の夏、人生初めての音楽フェスに足を踏み入れた。Mrs.GREENAPPLEやAKB48など有名なアーティストや人気のアイドルが揃って出る豪華なフェスで、私は心を踊らせながら会場へと足を運んだ。

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とはいえ、人生初めての音楽フェス。フェスの会場も広く、あちらこちらへ迷うし、どこの列へ並べばいいかもわからなかった。期待もあったけれど、その分不安もあった。周りはフェス限定のグッズや推しアーティストのグッズを身にまとったファンが大勢いた。熱狂的なファンやガチで来ているファンがいるのに対して、私はグッズをひとつも持っていないことを少し恥じた。

フェス公演中の手の振り方もわからないし、コアなファンではないので分からない曲もある。ペンライトすら持っていない。私のような音楽フェスの初心者が来て、はたして大丈夫なのかと思った。そのような不安や心配も初めのうちだけだった。会場に着いたときにはドキドキとワクワクで心が満たされていた。フェスが始まってしまえば、会場の雰囲気に呑まれながら、悔いのないように全力で楽しむだけだった。

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はじめて生身で感じたプロの歌声、会場の雰囲気、観客の一体感。どれも新鮮で忘れられない。今までアーティストのライブ映像は何度もスマホの画面を通して見てきていた。しかし、スマホの小さな画面で見るライブ映像よりも何十倍も何百倍も素晴らしい光景が目の前に広がっていた。ふと、ステージから目を離し、ちらりと周りの観客の目を見た。

最高の光景を眼に焼き付けるために大きく見開かれた瞳はステージの照明に照らされ、虹色に輝いていた。きっと私も同じように輝くステージを虹色に照らされた瞳で眺めていたのだろう。

ピリピリと音楽を肌で感じ、目と耳とからだ全体で感じる音楽は「最高」以外の言葉でなんと表せるだろうか。人生で最も短く感じた、あっという間の6時間。フェス終了直後に「音楽フェスにもう一度行ってみたい。」と母に話すほどに素晴らしい時間だった。フェスが終わったあとも、しばらくはフェスの余韻に浸り、あの時のまぶしく輝く光景を思い返している。

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後日、スマホで撮影した数秒の動画を見返した。フェス公演中、撮影許可が出された部分だけ録画を残していた。手元がブレブレで肝心のアーティストも全然映っていない。しかし、その動画を見るとあの日の思い出が鮮明に思い出される。

あの時うけた感動はスマホに残る動画を通しても人には伝わらないだろう。耳の奥まで響く音楽、鳥肌が立つほどにひとつにまとまった歓声、会場を明るく照らすサイリウムの光、心を揺さぶられる舞台の演出、プロのアーティストが魅せる本気のパフォーマンス。そのすべてを一度に味わえる最高の瞬間はかけがえのないものとして自分の心のフィルムにしか残らない。

その場にいた人にしかわからない特別な瞬間は、仮に他人に共有できたとしても、それはほんの一部でしかない。人生初の音楽フェスは録画にも残らず、言語化すらできないほどの感動を与えられた素敵な時間だったと今でも思う。

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朝日が昇る瞬間や高いところから見る街の風景や感動的な瞬間に出くわすと人は思わずスマホを向け、記録として残そうとする。その記録は自分が体験したという証明や、他の人への思い出の共有に使えるだろう。

しかし、スマホで記録を残すことに気を取られてしまい、目の前を見ずにいることを私はもったいなく思う。そこには画面に映りきらないほどの光景が広がっているのだから。

心にそのときの景色の記憶を残して置けるほどにしっかり見ておくべきだ。小さなスマホの画面に囚われることなく、そのときにしか見られない壮大な景色を、自分の目で。