「いらっしゃいませ~!!」。

ドアを開けば毎度変わらない元気な挨拶で迎えられ、店内に充満する香りが記憶に直結し早くもよだれが出てきそうになる。

椅子に座って自分たちの番号が呼ばれるのを今か今かと待つけど、あの美味しさを味わえるなら待つのも苦ではない。

そこは、ハンバーグレストラン「さわやか」だ。
全国的にも有名なため、知っている人、行ったことある人もいるだろう。

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もちろん地元の県民である私は、記憶にない頃からよく家族で訪れていた。

誕生日のディナー候補には絶対挙がるし、何かと記念の日にはよく食べに行くソウルフードだ。

お子様プレートしか食べられなかった子どもの私たちも、今ではメニューを見る必要がないほど決まっておにぎりハンバーグのBセットをオーダーする。

注文が終わって料理が運ばれてくるまでの間、その時間が私にとってちょっぴり特別な時間だ。

なにせ、いつもの食事風景とはまるで違う。
ながら見で見るテレビはないし、あるのは紙製のランチョンマットのみ。
こんなに家族で面と向かってお喋りする時間が、実は貴重なことにいつも気付かされる。

途中で運ばれてくるセットのサラダを口に運びながら、たわいもない話は料理が運ばれてくるまで続く。

なんてことない何気ないこの時間が、私の小さな幸せだった。

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でもいつからか、「楽しい」だけの時間ではなくなってしまった。

全員がスマホを持つようになり、Z世代の私たちは情報を取り逃がさないようにあらゆるSNSをはしごして時間を溶かすようになった。普段は私もその一人だが、私は家族に限らず誰かと食事する際は基本的にスマホは触らないようにしている。一人でいる時にできることを、誰かといるときにするのは失礼だと思ってしまうからだ。でも、この感覚は少数派のようで、姉や妹は(家族だけだからか)スマホを触るのが当たり前の人間だった。

私の親はスマホやSNSには疎い方で、メールからLINEに慣れてもらうのもやっとの人間だった。だから、今までの平和なお喋りTIMEを続けているのは私と親だけになる。それでもいいじゃないと思われるかもしれないけど、私は寂しい。もともと口数が多い方じゃないし、喋るならみんなに聞いてほしい。私が「そういえばこの前のあれさ~」などと姉や妹も関係ある話題を話すと、ようやく画面から顔をあげてくれる。その瞬間が何より嬉しいし、ほっとする。これは私のワガママなんだろうか?

こんなようなことは今日にいたるまで、数え切れないほどあった。

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例えば年末年始。たしかあれは元日。
親戚と集まって確実に開いているファミレスに行った時もそうだった。

親4人、子供5人。正月明けでSNSが賑わって楽しいのか子供たちはメニューが決まるなりスマホを開いたり、料理が届くまで画面とにらめっこしたり。私がお喋り上手でムードメーカーだったら、と何度思ったか分からない。「この動画が~」とか「インフルエンサーのあの子が~」とか時々画面を共有しながら盛り上がってる子供たちを前に、画面も見せてもらえない大人たちは話についていけず最近の近況を聞き出して話を広げようとしているのが、なんだかしんどかった。しまいには「ハズレはこういう時スマホを触らないんだね」と親に言われ、なんともいえない気持ちになった。

特に忘れられないのは、祖父母の家に行った時。

当時は実家を出ているのが私だけで、私が帰省したタイミングで顔を見せに行く名目で家を訪ねていた。その日は姉だけが仕事が休みで、珍しく二人で祖父母の家を訪れた。寡黙な祖父とは反対に、リビングに座るなりマシンガントークで話し出す祖母。いつもならその話し相手になる母は、今日はいない。私たちが話し相手にならなきゃと思っていた矢先、姉はすぐさまスマホを取り出してSNSを見始めた。祖母が必死に話しかけても姉はつまらなさそうな返事で返すため、気まずい空気にならないように祖母が傷つかないように私はなんとか祖母と姉の会話を取り持った。そんな私とは裏腹に、姉は祖母と話すどころか「ねえ見て~!」と推しの動画を私に見せ、私と祖母の会話を何度も遮ろうとした。もちろん祖母には画面を見せようとしない。理由は単純。教えても分からないし、説明するのも面倒だからだ。滞在したのは数時間だったけど、私にはとても長い時間に感じられてその日はひどく疲れた。

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数年後、祖母の最期の時、姉が号泣しているのを見て私は冷静に思ってしまった。
そんなに泣くなら、たくさんお喋りしてあげればよかったのに。

でもきっと普段の生活に戻ったら、また同じことを繰り返すんだろうな、と。 

スマホは楽しい。SNSは魅力的で、永遠に惹かれる情報を提供してくれる。

けれど、家族との時間は永遠じゃない。
顔を見ながら、身内でしか分からないニュアンスやテンポでお喋りできる。

そんな時間より貴重なものが手のひらに収まるこの機械にあると、私には思えない。

キラキラな画面に夢中になればなるほど、大切な家族の顔が曇っていくことにどうやったら気付いてもらえるだろうか?