大学二年の夏から八ヶ月間カナダに留学をした。
慣れない土地で過ごし、英語も理解しきれない時期、スマホは命よりも大切だった。
毎日、翻訳アプリを起動させ、地図アプリで道を調べ、授業が終わったらSNSをチェックして、とスマホと常に一緒だった。
そんなこんなでカナダでの生活が半年たとうとしていたとき、スマホが壊れた。
友人とアイスを買いに、はしゃぎながら駆け込みスーパーをしようとしていたときだった。上着のポケットに入れていたスマホが地面に落ちたのだ。
「ああ、ヒビはいっちゃったかな」と思いながら、拾い上げると、スマホの画面にはピンクや黄色、緑のカラフルな直線が刻まれていた。
「なにこれ」
少し焦りを感じたが、それでも、電源を落とせば直るだろうと楽観的だった私はとりあえず、電源を落とし、アイスを買いに行った。
◎ ◎
無事にアイスを買って部屋につき、さあ食べようとしたところで、思い出した。
「そういえばスマホ直ったかな」
電源をつけてみると、まだカラフルな直線がある。それにどんどん液晶がもれ、画面が黒くなっているではないか。
私は焦った。
「半年過ごしたとはいえ、まだ知らないことが多い土地で携帯が使えないのはやばい」
「帰りのフライト電子チケットじゃなかったっけ」
「お母さんに連絡しなきゃ……」
どんどん不安に覆われた。
すぐに一緒にアイスを食べていた友人に相談し、幸運なことにiPadを持っていたため、LINEなど最低限の連絡手段を移行した。
そして、iPadから母に連絡をした。
「スマホが壊れたかもしれない。どうしよう」
母の反応はというとびっくりするほどあっさりしていた。
「でもiPadあるから大丈夫でしょ。帰国したら買いに行こうねー」
私よりはるかに楽観的な母に驚き、少し怒りを感じたが、ここから残り三カ月間のスマホなし生活が始まった。
◎ ◎
翌日、夢だと思いたくて、もう一度スマホをチェックした。すると、もう電源も入らなくなっていた。
スマホがないと、時間も分からない。音楽も聴けない。バスの時刻も分からない。
はじめの数日はストレスだらけだった。どこに行ってもみんなスマホを片手にもっている。
しかし数週間後、いかに自分が今までスマホに縛られていたかが分かった。
暇な時間をスマホに費やしていたことから、自由な時間が増えたのだ。
これまで課題はギリギリだった。
留学生だから時間がかかるのは当然と思っていたが、全然違った。スマホに時間を奪われていた。集中すれば一日で終わった。
睡眠の質も変わった。
スマホがあった頃は、寝る前に必ず漫画をよみ、ブルーライトをしっかり浴びていた。
しかし、それができなくなり、朝ちゃんと起きられるようになった。
一方で、やはりスマホがないと不便なことも多い。
特に、慣れない土地で初めて行くお店に一人で行くのはかなり厳しい。
何度か挑戦したが、毎回迷子になりかけた。
あれやこれやであっという間に三カ月は立ち、帰国した。
そして、私のスマホなし生活は終わった。
◎ ◎
土産話で友人にこの話をすると「よく生きてこれたね」と驚かれるが、意外にもこの生活は充実していた。
スマホで調べることを人に聞いてコミュニケーションが取れたし、勉強の効率に関しては、確実に良くなった。目までよくなった気がする。
スマホを再び持った今、私はルールを決めている。
寝る前の十五分はスマホを触らない。
たったこれだけのことだが、スマホを手放す時間を必ず設けている。
そして、スマホを置くたびカナダでの日々を思い出す。
留学中いろんなことがあったが、その教訓は、「スマホに支配されるな」だろう。