スマホは不思議なものだ。気づけば私手にいて、ずっとその位置を動かない。できれば手放したいと思っても、他の行動をしたいと思っても、私の手や指を動かすことはしない。

意を決して手放してみても、置くのは目の前の机や体の真横。視界には常に入ってきて、5分もしないうちにもう一度手に取っている自分がいる。それも、時間がないときに限ってだ。朝の準備に追われている時間。明日に備えて寝ようと思ったベッドの中。時間通りに家を出たいと思って準備をしているとき。

時間を気にしているときに限ってスマホは私の手の中にあり、私の目は画面に釘付けになっている。

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もっともスマホを手放している時間は、仕事をしているときだろうか。こうして何かに集中している時間は、スマホを手放せている。近くにいていても、気にならず仕事ができている。

できるだけ長く、スマホは手放したほうが良いと思っている。しかし、スマホはいつも私の手に吸い付いてくる。長く手放せる時間をつくるためには、どうしたら良いのだろう。っと仕事に集中しているわけにはいかないので、少なからずスマホを触る時間は作れてしまう。

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どこか、スマホの存在を忘れる瞬間はないかと探していると、あった。見つけた。自分で驚くくらいスマホを触らず、触らなきゃ、と思ってスマホを探したことを。

それは、12週間ほど予定が詰め込まれていた時期だった。本業と副業、行かなければ行けない場所がたくさんあった時期。とにかくやることに追われていたので、仕事中はスマホを触らず仕事をする。休憩時間も、触っているが意味はない。仕事の返信も、LINEの返事もすべて頭から抜けているくらいだ。

帰宅しても、家事や自分のことをしているとスマホを触らなかった。やっと触ったのは、明日の起床時間に合わせてアラームを設定するとき。設定するとそのまま眠りについた。触っていた時間は、2時間あっただろうか、というところ。普段、時間があればスマホを触ってしまう私からすれば、とても短い時間である。

移動中の電車のなかではほとんど睡眠に徹しており、スマホを開かない。普段聞いている音楽ですらも、耳障りに感じるくらい休息を求めていた。1日はあっという間に過ぎ、気づけば1週間が経っている。

仕事が休みの日は一瞬で、また仕事に行く日がやってくる。複数の仕事をしている私にとって、1つの仕事に集中したいと思えるくらい時間が足りないという日々。嬉しい反面、時間が足りないと嘆いていたときでもあった。

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スマホの使用時間は、仕事量と相反している。仕事をしているときは、とにかく集中して取り組む。この時間が永遠に続けば、もっと稼げるのに、と思うことすらある。有意義に時間を使えていると感じるので、一日の終わりに達成感を感じられる。

一方で、スマホばかりを見ていた一日は、どうしても不完全燃焼な思いが残る。さすがにこのままではいけないと、自戒する瞬間でもあるのだ。スマホ触る時間をできるだけ短くしたいとは思っている。仕事や連絡以外で触る時間を取らないのが理想だ。

手にスマホが吸い付くようであれば、その時間も有意義に使いたい。誰かに連絡する時間、仕事に関してインプットする時間、どうせなら、どこかで役に立たせたいと思う。

これからは、意識を持ってスマホを手放す時間を作りたい。デジタルデトックスという言葉があるように、情報に縛られない、自分の考えを巡らせる時間を作りたいと思うのだ。そこから溢れてくるアイデアを、仕事に、暮らしに活かせたらと思う。

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吸い付くようにスマホを手に取っている私。スマホが離してくれないとか、視界に入ってくるとか、すべてスマホのせいにしていた自分をやめる。能動的にスマホを手放し、やるべきことに集中する時間を作って、誘惑に負ける自分を撃退したいと思う。

スマホ依存をしている私にも、スマホを手放した時間があった。ならばもっとスマホを手放せる時間を作り、これまで以上にデジタルデトックスできる機会を作ろうではないか。