お守りがないことをお守りにしたい。この身一つで。

何を言っているのか分からないだろうと思う。私も分からない。思考を整理したい。お付き合い頂ける方はどうぞお願いします。

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私はなんでもかんでもお守りにするタイプである。例えば緊張した時や食べ過ぎた時の為の胃薬、例えば失くした時の為の多めのマスク、例えばぎっしり書き込まれたスケジュール手帳、例えば例えばエトセトラ…。

カバンはいつもみっちり。中身が零れ出すなんてこともよくあることである。いつだって不安なのだろう。だからものに縋ってしまう。神様は信じないけれども目に見える物に縋ってしまう。これはなかなか昔から変えられない性分だった。

いつも抱えている漠然とした不安をものに付与して分散させて、そうしてものにすがる。目に見えるものを信じたい。その輪郭を確かめていたい。

私は私自身を信頼できない。私では私を守れない。だから、受験の前の日だって、就職試験の当日だって、何度も何度も繰り返しできることをやりつくした。忘れ物がないかとか確認した。そういう一連の作業に安心感すら見出した。

ここまで読まれて気が付かれただろうか。私のお守りは反復作業と、不安を分散させられる依り代をたくさんもっておくことだ。だからいつも、大荷物。こころもどこかいっぱいいっぱい。

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そんな日々に変化はやってきた。精神科の主治医の言葉である。
「書きながら話聞いてもさ!頭に入ってないでしょ!で、それどうやって見返すの」
アウトオブザブルー。バットその通り。

私は書くことに固執しすぎていて、その後内容をくりかえそうとしてもだいたい頭に入ってなかったのである。なんたる。しかも記載内容が雑で見づらい。内容が、頭に入ってないよう、なんちって。

多すぎる荷物もそう。大抵「何かあった時の為に」持っている3つ以上のポケットティッシュはカバンの底でちらばっているし、過去モバイルバッテリーは4000Aを2台持ち。別にすぐ充電が必要になることも泊りがけになる用事だってナッシング。

「それはこだわりなんだろうけどさ」
ちらと手帳を開いて俯き加減のこちらを見遣った主治医は続ける。
「要件は簡潔に、分かりやすく。それが一番だよ。頑張りすぎ」
その言葉に、少しまた俯いて、でもまた視線を上げて、主治医を見て、ちょっとだけ頷いた。それから私は荷物を減らした。

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今持っているのはスマホとパスモと財布。あとは口紅にアイシャドウ。ときどきエコバッ。化粧ポーチごといれていてよく壊れていたジッパーは壊れなくなり、カバンも小さくなった。メモは携帯でとるようになったし、財布があれば案外なんとでもなる。そして両手があく。ふたつの手が空を切るのが気持ちよい。

そう過ごしていた矢先のこと。
元旦の震災、それは私にまた衝撃と不安をもたらした。またなにか、もっともっと持っておいた方がいいような気がして情報収集を始めた。でもいくら考えたって、防災グッズの入ったリュックごと出先に持ってくなんて無理だ。

わかっている、覚悟している、だからなるようにしかならない。この身一つで。私のお守りは、この身一つ。私のお守りは私の生なのだ。