高校三年間、毎日ともに過ごした仲間たちとの話である。彼女たちと、陸上と、出会えていなかったらいまの私はきっといないだろう。

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私は田舎の女子高出身で、三年間陸上部に所属していた。部活見学で陸上部を見て、一緒に見学していた一人の友達が入ります!と言った。私は、まだまだ気持ちが定まっていなかったけれど気が付いたら私も入ります!と言っていて入部届を出していた。周りに流されやすいのが短所だったけれど、この時の選択は今となっては正しかったと感じる。

中学のときはソフトテニス部に所属していたが、毎日ただなんとなく日々を過ごしてしまっていた。努力していないわけではなかったが、引退試合一回戦で負けペアの子と涙を流したのを今でも覚えているが、正直本当に心から湧き出たものだったのかと少し疑ってしまう自分がいる。

もっとできたのではないか、それほど悔しくなかったのではないのではないか、今の私はそう思ってしまう。一年の冬に膝をケガしてしまい、しばらく練習にも参加できず、そこから周りに置いて行かれていると感じるようになり、ケガを言い訳にして努力することを諦めていたのかもしれない。あっという間に中学生活は終わった。

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小学生一年生から中学三年までリレーの選手に選ばれていてある程度の自信はあったし、走るのも嫌いではなかった。ただ、高校で陸上をやる子たちは小・中でよい成績を残していた人が多く、私の学年は特に短距離が得意な有名な人がそろっていた。

入部したときから私は、「まぁこんなにすごい人たちにはどうせかなわないから」という思いが心のどこかにあった。ただなんとなく日々を過ごし、また小さなケガも多く、それを言い訳に練習を見学したときもあった。自分ではどこかで気づいていた。これでは中学のころとなにも変わっていないと。

二年生になる、そんなときに、コロナが流行した。これまでの生活が一変し、部活の練習も制限されるようになった。この最悪ともいえる出来事が私にとっては転機だった。当たり前にように毎日仲間と走っていたが、急に孤独になった。大会も開催できるか分からず、先の見えない日々が始まり目標を見失っていた。

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そんな状況になって初めて、毎日仲間と一緒に陸上をできることが決して当たり前ではないということに気が付いた。毎日送り迎えしたりお弁当を作ってくれたりする親がいて、私たちのことを第一に考えてくれる顧問がいて、励まし合える仲間がいて、この環境がどれだけ恵まれているか、感謝しなければいけないか痛いほどわかった。

陸上とこころから向き合い、できる限りの努力をするべきだと自分を奮い立たせた。自粛生活中の練習は、一人一人がメニューを考え毎日こなしていた。本当に自分自身との戦いだったから恐ろしく辛かった。それでもとにかくいまはできることはやろうと精一杯取り組んだ。自粛期間が明け、初めての久しぶりの大会で専門の100メートルを走った。

すると、わずかながら自己ベストを更新することができた。それまでの一年はよい記録を残せていなかったけれど、こころの在り方で、こんなにも成果が変わるのだと自分でも驚いた。自己ベストを出すことをモチベーションに、毎日の練習が楽しく感じられるようになった。そこから3年の引退試合まで自己ベストを更新し続けられたのは努力の結晶だと今では胸を張って言える。

さらに、4×100メートルのリレーの選手にも選抜されていたが、誰がいつスタメンから外れてもおかしくない状況で練習していた。不安はあったけれど、できる限りの努力はしているし、自分自身を信じるしかなかった。

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そして、引退試合、予選を順調に進み、関東大会出場がかかった決勝レースで私は1走を務めた。緊張はしていたけれど、頼りになる仲間がいるしこれまで全力で陸上に向き合ってきた自分を信じて無我夢中で走った。見事関東大会出場を掴み取ることができた。レース後4人で集まり自然と抱き合いみんなで泣いて喜んだ。チーム記録としてもベストで、顧問も涙ぐみながら喜んでくれた。陸上をやっていてよかったなと心から思えた。

関東大会のレース当日、同じく1走を務めた。競技場がとても広く思えて、気持ちもなんだか浮ついていた。走りだしてみるとなんだかスローモーションに感じた。足が全然思うように動かなかった。そして第2走者にバトンを渡すときにミスをしてしまった。これまでバトンミスなんてしたこともなかったのに初めてミスをしてしまった。

レース後、メンバーと抱き合い泣いた。私は申し訳ない気持ちと、プレッシャーに負けた自分の不甲斐なさでいっぱいで、いままでにないくらい泣いた。今でも当時のことを思い出すと悔しいし、後悔がないと言ったら嘘になる。しかし、そんな悔し涙を流せたのは、これまで自分が陸上と全力で向き合えたからだと思っている。

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三年前、中三の試合で流した涙とは比べものにならないくらい思いが詰まっている。こんなにも何かに全力になれたのは初めてだったし、努力のしかたを学ぶことができたのはその後の人生において大きな糧となっている。大学受験を乗り越えられたのも、その陸上生活があったからだといっても過言ではない。

なにより、私を全力で陸上と向き合わせてくれた仲間には本当に感謝しかない。すべての青春を捧げ、汗と涙をともに流した仲間たちと出会えて私は心から幸せ者だと思う。