「嫌いな食べ物って大体その人の人柄に表れてる。もはや嫌いな食べ物から人格占える」
高校時代からの友人が、X(旧Twitter)でこのような投稿をしていた。

私は、食べ物の好き嫌いがほぼ無い。しかし、1つだけ受け入れ難いものがある。
それは、カラザだ。卵の黄身と白身を繋いでいる、白いヒモみたいなやつ。あれが嫌い。
食感というか、あれが存在している意義を感じない。卵が育つ過程では必要なのだろうけど、食べる段階では一切必要のないものだと思う。

なので、卵かけご飯とかすき焼きとかで生で食べるときは、かならずカラザを箸で取り除いてから食べている。黄身に付着したわずかなカケラみたいなやつまで、しっかり取る。

人前でこれをすると、大抵「なにやってんの?」と聞かれる。カラザをとっているのだ、と答えると、「そこまで気になるか……?」と怖がられる。どうやら、みんなはそこまでカラザを気にしないらしい。

実際、自分以外でここまでカラザを気にしている人には会ったことがない。人づてにも、その存在を聞いたことはない。それでも、私はやっぱり気になるのだ。

◎          ◎

投稿していた友人は付き合いが長いので、私のこの特性は知っていた。けど改めて返信してみた。
「私はカラザが嫌いだよ。どんな人格か占ってよ」と。
少しすると、返信が来た。
「一見心が広くて優しいと思わせておいて、実は地雷がどこにあるか分からないモラハラ野郎」
……。
これは、非常にその通りだった。
私は基本、怒らない。機嫌が悪くなることもあまりない。
けれど最近、「私ってなんてモラハラなんだろう」と思った出来事があった。

恋人のボーナスが上がったのだ。前年同期と比べると14倍になった。と言っても、前が低すぎただけで、私が貰っているボーナスの半分以下ではあるのだけれど。
しかし、14倍。この数字からは会社の成長と、利益をちゃんと社員に還元しようという社長の気概が感じられた。

私がいる会社は、今のところ安定しているし、福利厚生もしっかりしているけれど、業界的に成長が見込めない。私は入社2年目だからよく分からないが、給料や手当はどんどん下がっているらしい。きっとそれは、これからも起こるのだろう。

今は年収で見ても、私の方が上だ。けど、10年後にはそうじゃないかもしれない。そう思った時、恋人のボーナスアップを純粋に祝えない自分がいた。
「収入で負けたら、強く出る権利がなくなってしまうじゃないか」という考えが浮かんだのだ。
収入の多さから権利を得ようとする姿勢。これは、SNSや掲示板でよく見かけるモラハラの配偶者そのものだ。元々自分にその気があることには気づいていたが、それにしてもあまりにハマりすぎていて、驚いた。

◎          ◎

まさに友人の言う通りである。しかし、占いの正確性を測るには、彼女は私のことを知りすぎている。もう出会ってから10年経つのだ。モラハラ気質の話もしたことがあった。

その一方で、「カラザが嫌いだという奴は優しそうに見えるが、モラハラ野郎だ」という主張も筋が通っているなと感じた。

「カラザ」という食材そのものではない選択は、「じゃあ嫌いなものはないのか。なんでも受け入れられるんだな」と思わせる。しかし、1000人中999人はスルーできているであろう「カラザ」については、一切許容しないのだ。独自の地雷を踏み抜かれることを許さないその姿勢から、モラハラだと予想できる、という理屈は理解できる。

実際の私以外の「カラザ嫌い」達においては、そうでない可能性の方が高いとは思うけど。

「めちゃくちゃ当たってるし理屈も通ってるのに、私のことを知りすぎてるからすごさが半減してるね」
そう返信すると、彼女も「そうなんだよね。出会った瞬間にこの占い結果言いたかったわ」と返してきた。

出会った瞬間にモラハラ認定を下されていたら、10年も付き合いを続けなかっただろうな、とは思った。