5年間勤めた職場を辞める時、私のためにお別れ会を開いてくれた。私が勤めていたのは職員30人弱の小さな職場。多くの方が参加してくれ、アルバイトさんにも、上司にも、たくさんのありがとうと別れの言葉を伝えた。

しかし私は、一番お世話になった人に、別れの言葉を伝えることはできなかった。

◎          ◎

私が働いていたのは、障害児・者の支援施設。高校生以下の子どもたちのための放課後等デイサービス、土日にお出かけをする移動支援、そしてショートステイ。直接の支援を通じて利用者さんたちと、さまざまな時間をともにした。

利用者さんとマンツーマンで関わる毎日は、本当に学ぶことだらけだった。勤務初日から、私の中の「固定概念」は一気に崩された。私の「普通」なんてものはもちろん通用しない。支援とはなにか、から始まり、相手に伝わる言葉のチョイスから、単語の数、タイミング、声量、声をかける位置まで……。視覚や触覚もフル活用して、その人に伝わりやすいものはなにか、個人に合った「支援」を探していく。

もちろん他害(爪たて、頭突き、噛みつきなど)も受けるし、上手くいかないことの方が多い。それでもみんなを理解したくて、あなたの孤独や苦しみ、生きづらさに少しでも寄り添いたくて。そこは「人と向き合う」ことの本質を、本気で教えてくれた場所だった。

◎          ◎

たくさんの学びと経験をくれた利用者さんたち。「私はここからいなくなるんだよ」「もう会えないんだ」この言葉を伝えて、その意味まで理解出来る人は多くはない。それでも、届いていると信じて、これまでの感謝を込めて、目をみてまっすぐ「ありがとう」と「さようなら」を一人一人に伝えていく。

その中でも、お別れを伝えられない子がいた。それは、たくさんの日々を一緒に過ごしたある児童。なぜなら、私がお別れを伝えることが、その子の大きな刺激となり、パニックに繋がってしまうかもしれないから。そして、日常に支障がでてしまうかもしれない。

もちろん、変化が苦手としていても、生きている以上さまざまな変化は必然。だからこそ、変化に慣れる必要もあって、あえて変化させることもあるだろう。しかし、私には言えなかった。

◎          ◎

それに、敏感なあなたならいつもと違う私の様子に不思議がるかもしれない。私の言葉が頭に残って、モヤモヤしてしまうかもしれない。そのくらい繊細なんだ。あなたと毎日、心から向き合ってきたからこそ、分かること。

私は初めて、さよならを口にできない世界と出会った。

私との別れよりも、もっと大切なことがある。どうか穏やかな日々を送ってほしい。私がいなくなったことに気づかず、いつのまにか、私がいない日常が当たり前になってね。そんな想いと一緒に、これだけは伝えさせてくれと、震える声で「ありがとう」と手に触れる。コソコソと涙を拭う。これが私の、さよならを言えなかったこと。