2022年4月、奈良女子大学が日本の女子大学で初めて「工学部」を新設した。2年目の2023年夏、同校工学部長が設立の背景について語った内容をニュースで見かけたのだが、それが印象的だったのでよく覚えている。工学部長の藤田盟児氏は女性にとって魅力的な工学部のあり方について、男女比が半々である海外の大学の傾向から「人や社会をどうサポートするのかという視点から工学を学ぶスタンスが徹底しており、リベラルアーツ(教養)を重視している」と分析していた。

私はこのニュースを見たとき、大きく頷いてしまった。

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文系出身で得意科目は国語と英語だった私がエンジニアになったのは3年ほど前。そのときにいた会社でパニック障害になりかけながら、転職サイトを夜通し検索しながら私は考えていた。

私がいまできること、したいことはなんだろう。考えたとき、新卒で入社した会社でお世話になっていたエンジニアの方々の姿が頭に浮かんだ。システムを売る会社で上司に怒鳴られお客さんに怒られ、なにも分からないまま困り果てているときに助けてくれたのはエンジニアの方々だった。

私はエンジニアがなにをするのかもプログラミングがどんなものかもよく分からないまま、とあるエンジニアの求人に手を伸ばした。嫌な顔ひとつせず助けてくれた、その働きがなければ私たちは商品を売ることができない、表には出ないが必要不可欠な人たち。私は本当はずっとそんな存在に憧れていたのだと、そのときに気づいた。2度の面接と試験を経て倍率30倍超を突破し、私は晴れてエンジニアとなった。

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それでも、応募した夜に涙が出たこと、入社式の朝の緊張や恐怖は今でもはっきりと思い出せる。

怖かった。

男性ばかりで常に怒声罵声、残業三昧、深夜も休日も出勤という悪いイメージばかり。家族からも友達からも心配された。でも、「人の役に立ちたい」と思った。

踏ん張るぞ、やってみせるぞ。そう歯を食いしばって出社した私の決意は、丁寧な研修3ヶ月、現場に出ても残業なし、いつでも休みはとれる、質問すればするほど褒められ出来ることが目に見えて増えていくというなんともホワイトな環境によって、少しずつ「なんとかなるかも……」という安堵に変わり、今では「こんなに楽しく人の役に立っていいの!?」という嬉しさになっている。

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奈良女子大学の工学部と私の経験の大きな共通点は、「ハードルが高いものは未知なもの」であり、「人の役に立つ」ことが労働や学習のモチベーションになっている人は少なくないということだ。

女性にとって、もともと男性的なイメージが強いものに興味を持ち、学ぼうとするのはハードルが高い。それを打破するのに本当に必要なのは、キラキラとして色鮮やかな「女性らしい」イメージをPRすることではないと思う(もちろんこれらも必要な場面はあるだろう)。なにを学びどんなことに応用できるのか、それはいまなにに役立てられているのかという具体的な事例の提示と、手厚いサポート体制に尽きるのではないだろうか。

ニュースではモチベーションが「人の役に立つ」であることが女性の特徴としてあげられており私も合致する。しかしこれ自体は男女で分かれるというよりも、人によって目的が「技術を追求する」と「人の役に立つ」に分かれ、偏りがちなのではないだろうか。実際、現場でもとにかく目の前の技術に夢中な人が多く、そのような人はとても高い技術力を持っている。

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しかし、「技術を追求する」人はその技術の先にいる人を見失ったり、それ以外が見えないこともある。実際にツールを作ったはいいが使いどころがなかったり、興味のないものに対しては放置したり。だから私は、そこでこぼれてしまったものたちを拾うことで、技術の先の人や目の前のものに集中したい仲間の役に立ちたい。そう思って日々働いている。これが、なかなか楽しいのだ。

女子大学の工学部も同じだと思う。エンジニアはもともと、誰かの役に立つものをつくる技術職だ。技術そのものだけを追求していては、本当に良いものは作れない。でももちろん、技術力は必要不可欠。だから、それを丁寧にバランスよく教える場があるのなら、女子に不人気とされる分野にも人が集まり、「人の役に立つ」ことを第一とした視点を持つ人が現場にもっと増えるのではないだろうか。

最後に。

「好きなことを仕事にするのと、できることを仕事にするの、どっちが正解なの?」と悩んでいた大学生の私に言ってあげたい。

どっちも正解だよ、自分で選んだ道なら。でもね。
できることを仕事にして、それを好きになれたら最高だし、最強なんだよ。

そこには男性も女性もなく、「楽しく働いて人の役に立つ」ことのできる世界が広がっているから。