初めて他人から褒められたのはいつだっただろうか。
振り返ってみると、常に兄に比べられて生きてきた。何をやっても兄よりも上手く出来ない。周囲から「お兄ちゃんはすごいね」という声を浴びせられてきた。
そのため、「何をやってもダメなんだ」という考えが頭から離れなかった。腐りながらも兄と違うことをしなければと思い立ったのは、中学生になった時のことだった。
友達に誘われて演劇部に入部した。演じることで、自分じゃない誰かになるのは楽しかった。皆と意見を交わし合い、作品をつくっていくのが面白かった。ここでは誰も兄と比べることはない。気が付けば演劇にのめり込み、「これが私のしたいこと」になっていた。
高校生になっても、演劇部を迷わず選んだ。毎日部活に打ち込んで充実した日々を過ごした。この頃になると兄と比較されるようなこともなく、平和な日々だったように思う。
というか私自身が演劇に夢中でそんなことに気が付かなくなっていたのかもしれない。それぐらい私は熱中していたし、冗談抜きで人生を捧げていたのではないだろうか。
◎ ◎
高校に入って初めての夏休み、部活の一環で市の劇場が高校生のためにやっている台本講座に行くことになった。ボロクソに言われて落ち込むこともあったが、初めてまともに台本を書いた私は達成感に満ち溢れていた。
自分のアイデアを物語にするのってめちゃくちゃワクワクする。ここでは好き勝手にやっても比べられることはない。役者も良いけど台本を書くのってめちゃくちゃ楽しいのでは……? 講座に行って良かった〜なんて思っていると、そこで出会った劇作家のひとりに「お前は作家になれるよ」と言われたのだった。
人生で初めてだった。なりたい夢を語っても、「お前じゃ無理」と馬鹿にされ続けていた私が。「お前じゃなくて、お兄ちゃんなら出来るかもしれない」と言われ比べられていた私が。初めて他人から「出来るよ」と背中を押してもらった。
私はなんだかいい気持ちになって、「ああ、この人と一緒の劇作家になろう」と思い立ったのだった。
そこからはとにかく夢を叶えるために夢中だった。劇作家になるべく大学も演劇関係の道へ進んだ。そこで出会ったメンバーと劇団を結成した。これで私も憧れのあの人のように劇作家として活躍するんだ。そう意気込んで、旗揚げ公演をすると決まった矢先のことだった。
「やっぱり、外で公演するのやめない?」
一緒にやっていこうとするメンバーのひとりに言われてしまった。学校内で公演をすれば集客も見込めるし、お金もかからない。名も知らない劇団の旗揚げ公演のために誰がわざわざ劇場に足を運んでくれるのか。失敗したくない。そのようなことをぽつぽつと話され、ひとり、またひとりと「実は私も……」、「お金出せないかも」と言ってメンバーが離れていってしまった。
今思えば無理せず学内で公演をしてから、外の劇場で公演を打っても良かったと思う。でも当時の私は失敗しても良いから学外に出て勝負したかったのだ。誰も知らない私たちを先入観なくジャッジして欲しかった。その思いが強かった。若いとしか言いようがない。
しかし、劇場の契約は既に済んでいた。私は皆で出し合うはずだった費用をかき集め、なんとかメンバーを集めて、旗揚げ公演をやり切った。旗揚げ公演で私の心は正直言って疲弊していた。
「皆に嫌われないようにしよう」という思いが生まれて、言いたいことをうまく言えなくなった。どんなにしんどくても、「また離れていったらどうしよう」という気持ちが芽生えて、相手に頼めず自分で事務作業から何から全部やっていた。ここから少しずつおかしくなってしまった。
◎ ◎
公演を重ねるごとに自分がなんで演劇をやっているのかはっきり言えなくなってしまった。けれど、「1年に1回は公演をする」と決めて、企画し台本を書いて人を集める。公演費用は自分で全額出す。周りには頼らない。「作家になれるよ」の一言を支えにして。私は粛々と公演を打ち続けた。もはや意地だった。
社会人になって数年が経った。自分が演劇をなぜ続けているのか本当にわからなくなっていた。義務感で作品を生み出しているような気がして心底嫌になってしまった。でも辞めてしまったら、今まで出会ってきた人たちに申し訳ない。呆れられてしまうかも。そう思うとなかなか踏み出せなかった。
「もうやめよう」
そう思えたのは、旗揚げ公演から今までの公演をずっと見てきた友人の一言だった。
「今のあんたは全然自由じゃないやん。好き勝手やってないやん」
目の覚める思いがした。友人に言われた通りだった。周りに嫌われないように台本を書き、演出をして公演関係者の顔色をうかがう。もはや誰のためにやっているのかわからない。兄に比べられることもなく、自分のやりたいことをやるために書き始めたはずだった。私の背中を押してくれた人と同じ景色を見たかっただけだった。
「もう無理やな」。ここが引き際と悟った私は、夢から覚めたように演劇人生にあっさりと幕を下ろした。
あれから数年が経ち、憑き物が落ちたかのように私は穏やかな日々を過ごしている。案外悪くない。
初めて認めてもらった経験に舞い上がってしがみついていた10年以上の月日。我ながらすごいと思う。今となっては、若さゆえの思慮の足りなさや未熟さを痛感する。でもあの時の私にはあれが最善だったのだ。あの日々のおかげで今の私がいる。また書きたくなったら戻ろう。いつかまた好き勝手やれる日を願って。