「あの子はこれからどうなっていくのかしらね」

時間は夜の12時を回ったところ。週末の賑やかな店内で、不思議とその言葉だけがはっきりと耳に届いた。どれだけ音が溢れる場でも、自分にまつわる話や、興味関心がある話題が自然と耳に入ることを「カクテルパーティー効果」というらしい。心理学とはすごいものだ。その女性が発した言葉は、間違いなく私に関することだったのだから。

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20代前半の頃、私はエステとミュージックバーの仕事を掛け持ちしていた。昼はエステ、夜とエステ出勤が無い日の昼はミュージックバーという形でシフトを組み、ひたすら働き、週に1日だけ設けた休日を大事に過ごしていた。

周りからは「いつ寝てるの?」と問われることもしばしば。昼の11時から、休憩を挟みながら朝方の4時まで働くことも珍しくなかった。若さゆえにできたことではあるが、当時の私にとってはその生活が愛おしかった。

もっと稼ぎたいという気持ちとは別に、沢山の人と繋がれるその環境が楽しかった。エステもミュージックバーもどちらも接客業。関わる人たちはそれぞれ異なるが、幅広い世代の方々と話せる時間が尊かったのだ。

しかし、働きながら自分の将来について考えると、不安になっていたのも事実だ。美容は好きだけど、このまま今の店舗でキャリアを積んでいけるのだろうか。ミュージックバーでの仕事にもやりがいと楽しさを感じているが、このままバイトとして続けていくのだろうか。

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それともいつか独立して、自分の店をもつことを目標にするべきだろうか。周囲には自分で店を経営している方が多い環境で、勤めていたエステもミュージックバーも個人店だった。漠然とした未来。ビジョンが定まらない自分の将来に、毎日のように頭を悩ませていた。若いからまだ時間はある、なんて呑気なことは言っていられない。それには、エステのオーナーに言われた「ある言葉」が大きく関係していた。

「仕事をうち1本にして店長になるために美容を極めるか、それともうちを離れて別の店で掛け持ち生活を続けるか、それくらいの覚悟でこれからのことを考えなさい」そう言われたのは、エステで勤務して3年目に突入する間際のことだった。

個人店で特に土日の人手が足りなくなり、掛け持ちをしながら働く私の生活に無理があるのではないかと、エステのオーナーが発した言葉だった。いつかは決めなくてはならないと自分でもわかっていた。それを先にオーナーから言われ、「あぁ、ついに選択を迫られる時がきたか」と、キャリアの壁を強く感じた瞬間だった。

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一人では決められないと思い、ミュージックバーのオーナーにも相談することにした。エステもミュージックバーも好きだということ、しかしキャリアを考えると、このままダラダラ過ごすわけにはいかないこと、仕事を通して人の話を聞くことに楽しさを感じていること、エステの施術を極めた末に、自分はどうしたいのかわからないこと。

思っていることを挙げだしたらキリがなかった。そんな中、まとまりのない私の話にオーナーは耳を傾けてくれた。「まだ若いからチャンスはいくらでもある。沢山のことを見て聞いて経験して、それからやりたいことを決めていけばいい。自分の店をもつことは確かに大変だけど、楽しさもある。美容や音楽に関係ない業界にこれから出会うかもしれないし、『自分はコレだ!』とはまだ決めつけずに、もう少し視界を広げて考えてごらん」そう言って、私の不安を和らげてくれたのだった。

私が働くミュージックバーに、エステのオーナーも飲みに来ることが時々あった。ミュージックバーのオーナーとも昔から顔なじみで、私のことを話す機会もよくあったようだ。週末で忙しくしながらも、オーナー同士の会話が耳に入ってくる。私のこれからについて話した直後だったこともあり、余計に2人の会話が気になってしまう。

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「あの子はこれからどうなっていくのかしらね」お酒を口にしながら発したエステのオーナーに対し、「あの子は行動できる子だから大丈夫」とミュージックバーのオーナーが言った。その言葉を聞き、なんだか自信が心のそこから溢れてくるような感じがした。

その数か月後、私はエステを退職した。ほかの業界や店舗で働いてみたいという好奇心に、身を任せることにしたのだ。その店で店長になることはできなかったが、あの時の選択のおかげで、私は今違う世界で生きている。あの頃の経験が今に繋がっていることは確かだ。

沢山悩んだ若かった頃の自分へ。遠回りもしたけど、あなたの選択は間違っていなかった。だって私は行動できる子だから。キャリアに縛られずに、自分の道を拓いてくれてありがとう。