自動販売機の「つめた〜い」が「あったか〜い」に入れ替わる頃、演劇サークルでの公演が終わった。毎日12時間近く劇場に缶詰めになっていた私の身体は限界を迎えていた。

新型コロナの流行によって授業もサークルもオンライン化した1年間を過ごしていたため、体力が大幅に落ちていたことも疲れの原因だった。その上、自分自身の理想と現実の完成度とのギャップに苦しみ、精神的にも疲弊していた。

疲れは目に見える形で現れた。オンライン会議を寝坊で飛ばしてしまったのだ。さらに情けないことに、リスケジュールしてもらった会議も寝坊で飛ばしてしまった。

普段は集合時間の5分前には待ち合わせ場所に着いているタイプの私に対して、周囲からは寝坊に対する叱責よりも私の身体を心配する声が上がった。

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ある日の深夜、私は上手く寝付けず、好きなバンドのDVDを再生した。その年の初めに知り、大ファンになったロックバンドだ。

夏にアルバムがリリースされ、東京での発売記念ライブに足を運んだ。サークルで忙しい日々を過ごすうち、気づけば大阪公演は2日後に迫っていた。

布団の中で私は衝動的に大阪公演のチケットと深夜バスを予約していた。誰かのライブのために遠征をするのは初めてのことだった。

大阪公演の日は平日で午前と午後に1コマずつ授業があったが、ラッキーなことに午前の授業が休講になった。昼過ぎに新幹線に乗り、大阪に向かう。駅を出るとすぐにカフェへ駆け込み、オンラインで授業を受講した。授業を終え、ライブハウスに向かう。

会場周辺にはグッズのTシャツやメンバーの衣装と同じスカジャンを身に纏った人々が集まってきていた。開場時間になり、ライブハウスの中に入る。グッズのタオルを取り出し、首にかける。ドキドキそわそわしながらも、先ほど受けた授業の宿題をスマホで作成、提出した。

あとは楽しむだけ、と思ったタイミングで会場が暗転。お馴染みの音楽に乗せてメンバーがステージに上がる。拍手に包まれながら1曲目が始まった。

ライブは東京と大阪でセットリストが大きく変わっており、A面とB面のように違いを楽しむことができた。東京公演では聴くことができなかった好きな曲も披露され、胸がいっぱいになりながら東京行きのバス停に向かった。
バスに乗り込み、座席に座るやいなや、イヤホンを繋げた。バスを待ちながら作った今日のライブのセットリスト通りのプレイリストを再生する。ライブを思い返しながら、眠りについた。

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思えば私は苦しいときに彼らに救われてきている。コロナで演劇作品が上演中止になり、ぽっかりと空いてしまった時間に初めて行ったライブをきっかけにじわじわとハマっていった。アルバム発売が発表されると、スマホの壁紙をアルバム名と発売日を書いたものに設定した。学校生活で辛いことがあっても、壁紙を見ては「発売日まであと○日!」と励まされていた。

それから数年経ち、私は大学を卒業した。今はフリーターをしている。新卒で正社員になりたかったが、持病のせいで内定を辞退することになった。体調の波と闘いながらバイトに勤しむ日々。4月からは大学の同期にも職場の後輩ができることを考えると辛くなった。なんで私はみんなと同じになれなかったのだろうか。考えても仕方のないことが頭を埋める。

そんな中、彼らが2年ぶりにアルバムを出すことが発表された。2年前と同じように私はスマホの壁紙をアルバム名と発売日が書かれたものに設定した。アルバム発売記念の全国ツアーも発表された。初日と最終日が東京公演だ。

フリーターの私にとって、チケット代の3,800円は気軽に出せる金額ではない。最終日だけでいいかと思っていたが、気づけば初日のチケットも取っていた。 

なんでこんな目に、と思うことが多かった数年間だったが、それも彼らに出会うためだったのかもしれない。彼らに想いを馳せたこの文章も、親指が勝手に動いて書いている。彼らに関わるとき、私の身体は動かずにはいられないのだ。