職業を聞かれて「会社、辞めたばかりで」と言うと、決まって、「どれくらい勤めてたんですか」と尋ねられます。「2年近く」と答えれば、相手は何かを察したように「まぁ、2年くらい働くと、大体自分の将来が分かってきますもんね」と言います。「仕事の流れが分かってきて、先が見えてくる頃でしょう」と。
そうですね、と私は頷きます。
内心、そうじゃない、と首を振りながら。
将来の自分の姿が想像できたから、辞めたのではありません。将来の自分の姿が想像できなかったから、私は会社を辞めたのです。
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新卒で入った会社を、2年にも満たずに辞めるとは思っていませんでした。
きっかけは、新しい上司が来たことでした。新しい上司との面談で、「これまでどんな仕事をしてきたのか」「これからどんな仕事をしたいか」などを尋ねられました。
その中の質問の一つが、「社内に、こうなりたいと思うような、尊敬できる人はいるか」でした。それに対する私の答えは、「いないですね……」。
この回答には、私も少し驚きました。1人くらいいると思っていたのに、私は、会社にいる誰かのようにはなりたくないと思っていたのです。もちろん、同僚たちは悪い人たちではないですし、むしろ嫌な思いをしたことは皆無です。でも、「こうなりたい」と思えるような人は、同じ部署はおろか、社内にもいませんでした。
というより、考えたこともなかったのです。自分が、将来どんな風になりたいのか。なっていたいのか。それは、就活の時に「終わった質問」のように感じていたのです。
でも、社会人になってキャリアが始まり、人生も、変わらず続くものでした。そう気がついてから自分のことを振り返って、私は愕然としました。
いつの間にか、私はこんな人になっていたからです。
「営業、向いてないんですよね」って言いながら、苦しんで仕事をする人。
毎日3時間も通勤に費やして、ぎゅうぎゅうの車内から外をぼんやり眺める人。
金曜日の夜から、月曜日のことを考えて、げんなりする人。
少なくとも、そんな生き方をしている人になりたいわけではなかったはずなのです。でも、私は、そんな風に生きていました。「どうなりたいか」を忘れて、流されるように生きていたのです。
このままの生活を続けてはダメだ。
そう悟った私は、次を決めずに、ポンと会社を辞めました。
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将来の道が見えたわけではありません。むしろ、何もありません。「次のボーナスもらってから辞めようかなぁ」と言っている同期たちを尻目に、さっさと退職する自分を、愚かだなと思ったことすらあります。
でも、キャリアを積み重ねていくために、自分の人生に嘘をつきたくありませんでした。だって、私はキャリアのために生きているのではないのです。まずは、キャリアより前に、どんな風に生きたいのか、どんな自分になりたいのかを考えようと思いました。
そんなことは、会社に勤めながらでもできると思う方がほとんどでしょう。何も突然、キャリアを手放さなくてもいいと。でも、望んでいないレールの上に乗りながら、理想の人生を考えるのは、「ただ夢見るだけ」で終わるような気がしたのです。
少なくとも、今の仕事は、自分のやりたいことではありません。
今のライフスタイルも、自分の望んだものではありません。
今の自分のように疲れた頭では、本当の理想に辿り着けないでしょう。
それなら、環境をガラリと変えてしまえばいいと私は思いました。
これからどんな私になっていくのか、私にもまだ分かりません。でも、進みたくない道に背を向けたことで、何か掴めそうな気がするのです。いつか、そうやって進んだ先に自分らしいキャリアがあることを信じて、私は今日も、自分の心に従って生きています。