キャリアという言葉が身の回りに増え、それを意識するようになった頃が、私が最初にぶつかったキャリアの壁かもしれない。

「キャリア」と口にする人やメディアが増えたのは大学に入ってからだ。大学受験を終え、新しい学問との出会いに胸を膨らませていた最中、大学の掲示板で、同期との会話で、大学生向けのダイレクトメールで、その言葉の割合が増えていった。
もちろん、私も然るべきタイミングで自分のキャリアを考えた。しかし、腑に落ちないのだ。それまでの知識や認識だと、キャリアとは「働くこと」「経験すること」というざっくりとした認識だった。しかし、実際は仕事、特に企業就活に絡む使い方をすることが多いと、当時の私は知った。

そこまでは理解していたが、キャリアの持つ意味の中でも、成功体験やポジティブな考え方ばかりが使われているような気がした。例えば、「キャリアアップ」、「キャリア志向」、「キャリア形成」、「バリキャリ」。勝手な思い込みでしかないが、そのような言葉を使う裏には「成功したい」「稼ぎたい」「人よりいい人生を送りたい」という願望が隠れている気がする。

それ自体は悪い考えではないが、私としては「そこまで?」と他人にびっくりしてしまうことも何度かあった。
社会人になって数年経ったが、未だにキャリアという言葉が苦手だ。前述のような働き方を主軸としたキャリアと自分がかけ離れているからかもしれない。

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唐突だが、私の大学入学以降から現在までの経歴、つまり「キャリア」を振り返りたいと思う。
国立大学に入学した大学1年生の頃。大学に進学する目的として、「なりたい職に就くため(教員、医療従事者など)」「有利に就活したいため」などが多く挙げられると思うが、私は「もっとたくさんのことを学びたい」というシンプルなモチベーションだった。

試験は嫌いだが勉強好きだった私は、大学の学問に触れて知識を広げ、深めたかったのだ。そのせいか、就活のことは一切考えていなかった。そもそも、就活という存在自体を大学入学後に知るという世間知らずだった私は、「今はタイミングじゃない」とその話題を避けていた。

大学生活も後半になると、嫌でも就活について考えなくてはならない。当時は長期留学を控えていたが、説明会に参加したり、エントリーシートを書いてみたりと、将来に備えてできることはやってみることにした。
とある大手企業の説明会に出席した。たまたま隣に座っていた男子学生に挨拶をし、開始時刻まで雑談してリラックスしようと試みた。彼に「映画が趣味なんですね、最近は何を観ましたか?」と聞いたら、「就活中なのにそんなことするわけないでしょ!」となぜか怒られてしまった。就活のモチベーションが一気に下がった瞬間だった。

エントリーシートを書くのもストレスでいっぱいだった。ネット上で記入例を何個も見たが、お手本のように完璧な学生生活なんか送っていない。いや、自分としては充実した生活を送っているつもりだが、それを正直に書いたら企業ウケは良くないだろう。

先輩に誘われて何となく参加したビジコンや、苦戦して何とか最終発表まで漕ぎ着けたチームプロジェクトの授業を履歴書に美化して書くのは抵抗がある。
結局、留学から帰国した後は、大学院に進学することにした。研究したいテーマがあったからでもあるが、じっくり将来と向き合いたかったためだ。

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大学院時代。好きなことをテーマにした研究を深め、国内外で発表できたことは私にとってとても喜ばしいことであった。就活は決して楽ではなかったが、大学生活で学んだことを活かせる中小企業に内定を貰い、胸を撫で下ろしていた。
新卒社員としてとある中小企業に入社した。最初はかなり緊張していたが、仕事は楽しく、業務内容も自分にピッタリだった。事業内容を深掘りした上でこの会社へ応募したことが功を成したと思った。

しかし、私は甘かった。仕事がどんなに好きでも、社内の人間関係が悪いと仕事やプライベートにまで悪影響を及ぼすことを、自分の精神が崩壊してから身をもって知った。

パワハラ上司の理不尽な叱責や嫌がらせ、昭和体質な上層部(根性論が多かった)に耐えられなかった。休日は寝たきりになった。物を食べられなかったり、声が出なかった時期もあった。会社からの陰口で、実家との家族関係が悪化した。

もう、この会社を辞めるしかなかった。

そして、現職に至る。美術館の契約社員として働いている。給料は決して多くないし、やりがいを感じる仕事も多くはない。しかし、今の私には十分だ。

美術館職員は基本的に穏やかな人が多く、研究員に至っては個性的な人ばかりなせいか、楽しかった学生時代を思い出す。貰える給料がわかっているから、必要以上に仕事を頑張らない。どこかで頑張りすぎたら、別の場所でガス抜きをする。人間関係のストレスは今もあるが、過敏になりすぎないよう心がけている。

一方、心の奥底で、「また研究したいな」「博士課程に進学するのもありかな」と思ったりしている。

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以上。キャリアアップを目指している人、バリキャリな人からしたらみっともない人生に見えるかもしれない。しかし、これが私のキャリアだ。

大学を出てもなお学問に惹かれ、密かに研究再開を夢見ているのだ。新卒で入った会社で心身ともに大きなダメージを受けた。だから、これ以上壊れないように、人生で一番自分を甘やかしている。

私のキャリアは、世間一般の理想的なキャリアと全く異なるだろう。だとしても、これからも遠回りや小休憩しながら、自分の道を進んでいくつもりだ。