子供のころから飴玉のように小さかった私の自己肯定感。それが今は立派な林檎くらいの大きさになった。

この変化の要因はいくつかある。心療内科の利用、日記、1日1時間の運動、良い職場で働いていることなど。そして最も多くを占めているのは夫の存在だと思う。

彼が私にくれたものはここに書ききれないが、1つ挙げるとするならば、沢山のあたたかな言葉をくれたことだろうか。

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彼は春の陽だまりのような人で、私をサラリと肯定する。

例えば「今日メイクが上手くできた。可愛いかも」と私が言うと、「いつも可愛いよ?メイクしてても可愛いし、してなくても可愛い」といった感じで、サラリと一言二言、肯定的な言葉を口にするのだ。

ちなみに、付き合って間もない頃に「あなたはいつも褒めてくれるよね。なんて良い彼氏なんだろう」と彼に言うと、「え?そうかな?普通じゃない?」とキョトンとした顔をしていた。

私は褒めるよりは叱る教育をする両親のもとで育ったため、付き合った当初は彼の発言に驚き、気恥ずかしく感じて素直に喜ぶことができなかった。そんな私も今ではサラリと「そうでしょ?」と返せるようになった。

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彼のキラキラと光る言葉を素直に受け入れるのはまだハードルが高い時があるが、「まぁ確かに悪くないかな、これが私だし」「彼はこの私が好きなんだもんね。なら、それでいいか」と思える瞬間が増えた。

彼と私。この2人に認められているのなら他の意見は二の次だ。
無遠慮な両親や世間の人々に好まれようとする必要はない。
母親に「あんた、相変わらず脚太いなあ」「ちゃんとしなアカンよ」と言われてもあまり気に留めなくなった。

これは私にとって大きな救いだった。

そんなお付き合いが7年続き、8年目に到達した去年に私たちは結婚した。

8年間、毎日肯定的な言葉を浴び続けた私のマインドはもちろんポジティブに変化した。
「今日の私は○○区で一番かわいい」「私、偉いでしょ。褒めて〜」などと自分から発言している。

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ただ、私が現在もうつ病を患っていることや元からマイナス思考なこともあり、時おりネガティブさが顔を出して私を苦しめる日もある。
「私って最悪」と心が陰りかける。

そんな時は「いやいや、彼が認めてくれているんだから、これでいいんだ!」と唱える。
崖っぷちスレスレのところで、ググッと踏みとどまれる感覚だ。

それでも崖から落ちてしまった時、彼はそんな状態の私を否定せず肯定もせず、温めた飲み物を私に手渡してブランケットを膝に掛け、「辛いね」「大丈夫だよ」と言って、ただ静かに寄り添ってくれる。

私がどれだけ救われているか、これを読んでいる方に伝わるだろうか。

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子供の頃は「30歳くらいで死にたい」と漠然と思っていた。
大人になったあとで待ち構えているであろう苦難を想像して絶望的な気持ちになり、ひ弱な自分が耐えられる気がしなかったからだ。

今でも先のことを思うと恐怖心は沸いてくる。
「それでも、彼と一緒なら長生きしてもいいかなあ」と思う。

これもまた、一つの変化だ。

そして、支えてもらうだけでなく、私の微々たる力をもって少しでも彼の支えになりたい。
「この人と夫婦になれて良かった」と感じてもらえる瞬間があれば、これ以上ないほどに嬉しい。

これから先の人生、彼とぴったり寄り添って生きていく。